その12・・・報復攻撃


またしてもバイトに向かう道を歩きながら、通りをトラックや車がびゅうびゅう通り過ぎてゆきます。この道を車で行く人たちは、ここのビルの一階付近に猫が住 んでいる事、道路脇の小さな空き地に、見事な枝垂れ桜がある事を知らないでしょう。歩くことで今まで気にしていなかったいろいろな物が見えました。

僕はポスティングのアルバイトを定期的に続けていて、そのお店までも横浜から30分ほど歩いていました。店は駅から少し離れているので、電車を使っても時間は同じでした。
そんな中で、携帯の電話の声は聞き取りにくかったです。

「理由はどういう事なのでしょう?やはり自己資金が少ないという事ですか?」

融資を正式に申し込んでわずか2日後のことでした。
誠に申し訳ありませんが、今回のお話は当行としてはお受けできかねます、との電話が融資担当者から入ったのです。それに対して、何がいけなかったのか、理由が知りたくてそう僕は尋ねました。

「いや、そう言ったことではなく、どうも御社の英会話教室が私どもの英会話教室の認識と違うことが一番の要因でして、実績を見させて頂いてからのお付き合いとさせて頂きたいのです。」

つまるところ、今までの同様な事例的なものがないので、判断できない、と言うことでしょうか。しかも新規創業の会社であると、ベンチャーキャピタリストではないので、過去の事例などが物を言うのかも知れません。
しかし、(本当にそうなのかぁ?)心の中で猜疑心が湧きました。実はホームページで読んだ内容なども上司に話して、「そりゃちょっと危ないな。やめとけ」なんて事だったんじゃないかと。

「と言うかちゃんと検討して頂いたんですか?こんなにすぐ結論が出るって・・・」

「いや、昨日も遅くまでこの件で会議をしたんです。」

とにかく出てしまった結果は仕方が無いわけです。しかし、これまでどれほどの時間と労力をかけてきたか。どれほどの人たちに協力してもらったり、心配してもらったりしてきたか。
それらを考えると、僕はこの時、大変ガッカリしなくてはなりません。 しかし、僕は保険の手を打っておきました。本来同時に申し込むことはあまり良くないらしいことは知っていましたが、ほぼ同時に「国民金融公庫」にも申し込 みしておいたのでした。融資金額はずっと少なく、本命ではなかったのですが、何とかやって行ける金額の融資を受けられます。

前回、4月に個人で申し込んでダメでした。その時は貯蓄残高も無く、開業計画もずさんなもので、今となればダメで当然の内容でした。
しかし、今回は法人としての申し込みで、銀行の口座には資金があり、開業計画も以前とは全く比べ物にならないほどの綿密なものになっています。見積書などもばっちりで、これらは県の信用保証協会の融資の為に揃えた資料で、ある意味とても勉強になりました。
その国民金融公庫にも申し込んでいたので、銀行の県の信用保証協会付きの融資でダメでしたが、それほどガッカリせずに済んだのです。

*

その日、怒りが収まらない僕はとっても微々たる報復として、横浜銀行に作った会社名義の口座に入れてある235万円(本来265万だが、30万はキャッシングの返済やらに使ってしまった)を全部引き出しました。そんな預金が減っても横浜銀行は痛くも痒くもないでしょうが、それしか出来ません。

(くそぉ、たとえ将来俺がビッグになっても、横浜銀行とは絶対取引しないぞ。)

なんて思いました。

そしてそのまま235万円を持って三井住友銀行に行きました。これは他の銀行でも再び融資申込みをしようと思っていたからです。
235万円程度のお金でも、現生を持って歩くと緊張します。僕はまるで銀行のお金を運ぶALSOKの警備員の様な警戒心を振りまいていたに違いありません。
ここまで来る間、以前通っていた創業塾で一緒だった行政書士の先生に相談したりしていました。その先生の事務所では、融資の申請などもやっているとの事で、最後の手段として、プロに頼むと言うことも考えていたのです。ですから、三井住友銀行に変えて、開業計画や申請書など全てプロ任せで(お金はかかるが、この際仕方ない)行くという考えがあったのです。
三井住友銀行はサラリーマン時代給料の振込み口座があったり、住宅ローンを組んで返済実績があったりしたので選びました。

まずは窓口に行き、会社の口座を作ってかばんの中の235万円を全部預けようと思いました。書類を書いて、登記事項証明など必要書類と現金235万円入った紙袋(横浜銀行のネーム入り)をドンって感じで置きました。

(とりあえず、これだけ入れといて)

目で言いました。

「はい、書類の方ありがとうございます」そう言って、窓口嬢はちょっと怪訝そうな顔でお金の入った袋を見ました。
そして、
「それでは、一週間くらいでお口座が出来ますので、身分を証明するものと、銀行印をお持ちください」
と言いました。

「あれ?あの、これ、お金は・・・?」

僕が指差す横浜銀行の包みを見ながら、窓口嬢は、
「あ、こちら現金ですか?本日はまだお預かりする事は出来かねます」
と言いました。

「あ、そうですか。なるほどね」

尚も威厳を失うまいと振舞いつつ、僕はそそくさと235万円をかばんに戻しました。
三井住友銀行を出た後、235万円を自分で持っているのも不安なので、結局もとの横浜銀行に戻って、全額さっき引き出した会社の口座に戻しました。
こうして、僕の微々たる報復攻撃は、誰にも気づかれることも無く終了しました。

それから程なくして、国民金融公庫からも「このままでは少し難しい」との相談の連絡が入ったのです。

 

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