その5・・・困った展開

 

「やはり どうしてもお金は出せない。老後に現金をとっておきたい」

そんなある日母親は言いました。一度僕の資産(家の所有権)を買ってもいいと言った話のことです。何せ父が僕が17歳の時から1級身体障害者なので、頼りなのは 土地とか建物の資産のみです。親子でその所有権について話すのは、あまり楽しくはないです。父は家長として、手足も動かせないし、言葉も話すことが出来ないながら、最終決定権をもっていました。
「今日、病院の帰り電車の中でつくづく思ったのよ。あんたの資産を買ってあげて、郵便定期をあげたらほとんど何も残らないのよ。それじゃ幾らなんでも後が心配だって・・・」

「何でよ、今更!もう物件も探して会社の登記の手続きもしてるんだよ!!」

僕は焦りました。ホームページ上でも「ビッグなお知らせ。5月に横浜駅から1分に英会話コミュニティサロンをオープンします!」と大々的に発表してしまったのです。何通もの「おめでとう」と言うメールを頂きました。(当時僕は自分のホームページを作ってから2年くらい経っていて、そこそこのアクセスがあり、合宿のサイトとして参加者も見てくれていました)。

父親は、お母さんの方を一度見て、首を左右に振りました。(もっと普通にサラリーマンやれと言う事でしょうか。)
僕らの前で見せる、言葉も話せない、手足も動かせない父親の意思表示は絶対でした。意思を伝えてくれただけで、家族は嬉しかったのです。

そんな事がありながらも、こんなに自分が頑張ってやっているのに応援してくれないのか。その時は全く納得できませんでしたが、幾つかの相談の意見があり、特にもう嫁に行った妹との電話で、
「おんちゃん、あんなお金持ってないじじばばからお金取るなんてあんまりよ。普通の親と違うんだから」
と言われた事には反論できませんでした。

僕の家庭は僕が17の時に親父がくも膜下出血で、1級身体障害者になり、以来家計は僕と妹と親父の年金で賄われていました。当時は家のローンなども抱えていて、両親は当然老後の貯金なんかできる訳もありません。

そこへ来て、頼みの綱だった国民生活金融公庫から「融資不可」の通知が来ました。ちょっとした挫折感が僕を襲い、2日間飲んだくれました。

*

Aさん に事の成り行きを話しました。何か良い方法はないかと。残るはHさんの提案してくれた「どこかのお店の空き時間を使わせてもらう」方法でした。これなら初期投資はほとんどいりません。
そんな中で前に秋葉原のE-town(英会話喫茶)で1日コースをやった時に目を付けた喫茶店を思い出しました。そこはなんと390円のランチを出していて、付近を探索していて驚いていってみたのです。
やはり、ちょっと汚く、全然お客さんはいませんでした。
創業を目指す前に、僕はEnglish G Circleと言う英会話クラブの様なものを運営していて、英会話1日コースの昼食と夜の宴会を安く抑えるためにいろいろなお店に行って、オーナーと相談していました。そしてそこのオーナーと話をした事を思い出しました。
そのお店は昼はランチ、夜は8時からカラオケバーとして営業しているそうです。午後3時から8時までは使ってないそうです。その話を思い出して、その空き時間を英会話サロンとして使う事はできないだろうか、と思いました。
「秋葉原だったら、今までの先生もお客さんも呼び戻せる!」 Aさんはハッとした様に言いました。 「でもちょっと汚いから内装は変えないとな」
「入り口がちょっと暗いから、目立つネオンサインなんか付けるといいかも」

その日僕等は一つの解決方法を見つけた気がして、満足して帰途につきました。

*

さらに、今日僕は、ほんの少しだけの可能性を信じて1日横浜駅近辺の店をくまなく調べ上げる事にしました。もしかすると、秋葉原のカラオケバーのような店が近くに存在するかもしれないと期待したのです。条件は、平日6人掛けの席が二つ以上18時から21時に占拠でき、土曜か日曜には1日コース、またパーティーも出来る広さ、駅から歩いて5分以内、&最低限きれいと言う事です。

もう30年以上横浜駅に来ているけれども、周囲を1日調べ上げた事はなかったです。特にここ最近の横浜駅は、みなとみらい線が開通するのに合わせるように、南北の東西通路が出来て、どんどん開発が進んでいてますます複雑になっています。横浜駅にはなんと6路線が入っているのです。慣れ親しんでいるはずの僕でも新しい発見(小)はいっぱいありました。

まずは 利用した事のないJR改札の北通路の東口(すみません、名前は忘れました。多分北東口)より出てみました。こっち方面は多分10年ぶりです。どうやら10年経っても相変わらず大して栄えていません。ただ、人通りは心なしか多かったかな。こんな地域にさびれた喫茶店なんてあったら絶好の獲物です。キョロっきょろしました。

平日だと言うのに、線路沿いにはシャッターの閉まった店が多かったです。あとビルの多くは古い。国道側もコンビニやいわゆるオフィス系ビルがほとんど。昔、この辺に代ゼミがあったと思ったのですが、別の方へ引っ越したみたいです。

マンションみたいなのも幾つかあって、ここなら家賃は事務所よりずっと安いだろうなとは思いましたが、人んちみたいな所(マンションの一室)へはなんか秘密クラブみたいで来にくいだろうなぁと思いました。
その昔(二十歳くらいだったか)、海でナンパした(友達が声をかけた)女の子たちがなんとオカマ軍団(つまり男たち)で、マックかどこかで話してまあ面白かったのですが私は結構ストレートな和田あきこタイプ。この子はおとなしい感じで、加藤ゆりあタイプ。そんなんやって、水着で話していたら、その内の一人が僕にくれた名刺をくれて、「遊びに来てね!」と言われて見てみると、
「○○マンション202号室 小雪」と書かれていた事を思い出しました。
お店はマンションの一室の様です。間違いなく秘密クラブ(?)。つまりマンションの一室に集まる英会話秘密クラブ、になりそうな気がしました。

そこらでは結局大した収穫も無かったのですが、まあ、生ビール中250円(枝豆付き)の店を発見したのと、あとライブが出来るバーみたいな所が目にとまりました。
駅からは歩いて3分で、中に入ってないので正確には分からないですが、雰囲気は悪く無さそうな店が、パーティーで1時間2000円で貸しきれると発見。名前はオアシスだったか。将来的にはこんな風な店でオーナーなんかやったりして、気が向いたら歌ったりってのは僕の一つの夢です。

*

次は そのまま北の東西通路を抜けて、西口方面に行きました。鶴屋町と言う、More’sの先に行った方面です。 ここら辺は繁華街ですが、昔からある店がいっぱいあって、かなり雑多な感じです。また横浜駅近辺には少ない風俗店もちょっとあったり、古くから横浜で遊んできた人(オジさん)は、だいたいこっちの方に連れて行ってくれました。ただ、今はちょっと前みたいにキャバレーみたいな店とかも無くなってしまい、カラオケボックスやらフランチャイズのお店が軒を並べていて、きっと横浜のお父さん達は寂しい思いをしている事でしょう。
こちらの方面は、駅から近い繁華街の割に家賃が安いみたいです。それもちょっと横へ行くと、突然人どおりの少ない、寂しい所になるからでしょうか。あ、いや、多分全体的に古いビルが多く、周囲があまりきれいな感じではないからでしょう。
そのまま国道を超えたちょっと奥の方(5分超圏)にまで行ってみました。もしかしたら、思わぬ出会い(物件とのね)が転がっているかも知れないのです。

 

待っていたのはラブホテル街でした。(こんな所にこんなにたくさんラブホテルがあったのか!)ちょっと驚きました。渋谷にはなんであんなにラブホがあって、横浜は少ないんだ、と思っていました。浜ボウルの裏のホテル街もカラオケなどどんどん違う業態に変わっていました。 それにしても、こんな所に。。。料金はそれ程安くない様でした。

まあ、それはともかく、その時思ったのは、「このラブホテルの部屋、ほぼ全部今あいてるんだろうなあ。もったいない」と言う事です。
その時はまあ昼前だったので当たり前ですが、多分夜の10時以降でないとほとんどの部屋は空いているでしょう。
もったいない。
僕が欲しい時間帯は、午後6時から9時です。皆さんが会社を終わってからちょっと英会話って感じで寄る時間帯なのです。正にその時間、このホテルたちの部屋は誰にも使われず、無駄に時間を過ごしている訳です。もったいない。
その空間を有効に利用できないものだろうか?物理的に何も問題ないじゃないか?しばらく自問自答しました。

。。。あり得ない。

どう考えても、英会話を勉強しにラブホの一室に来る人なんていないでしょう。すっごく怪しい。万が一そんな生徒がいたとしても、多分講師の方が変な気を起こしてしまうに違いありません。

僕は足早にホテル街を去りました。

 

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