その7・・・養老保険

「ええ?! そりゃ無理だわ。無理無理。いやあ、それは無理よぉ!」
初めはあれだけ乗り気だったサンエコーのおばさんは、声高に無理を連発しました。

僕は後日さんエコーさんへの提案書を作って持って行ったのです。それを読むなり「無理」の連発。
30分余りの説明で、僕としてはかなりサンエコーさんに有利な利益になる提案をした積りでした。
毎日20人以上の客が見込めるだろう事、内装は僕の方の費用できれいにする事、休みである日曜は一日1万円で借りる事。どれもプラスになる事ばかりだと思いました。その代わり看板を出させて欲しいなどの要望もありました。
しかし、おばさん(ババア)はそれを聞いて次第に難色を見せました。
と言うよりきっぱりと断わってきました。何故かというと、そのおばさんは店の責任者ですがオーナーではなかったのです。つまり僕の説明で、自分の店が乗っ取られるような感じがしたに違いありません。
前日には協力者のAさんにも来てもらって、一緒に見ながら場所的に1階というのが良いし、中は見えるし、悪くないのではと言う事で交渉に来たのでした。

その後数分説得を試みましたが、
「それならどこかご自分でお店を借りたほうが良いんじゃないですか?」と。
(それが出来ないから相談してるんじゃん)口には出せませんでした。
「私、ちょっと予定があるからこれで」 とおばさんは席を立ちました。
(おい、ちょい、待て!まだ終わってない!)口には出せませんでした。

「うーん」しばらく僕は頼んだアイスコーヒーをすすりながら考えました。基本的におばさん(ババア)が店を任せられているでしょうから、オーナーを探して直談判したところで、おばさん(ババア)に相談するでしょう。
ちなみに以下が僕の提案内容です。誰か喫茶店を経営している人が読んでいたら連絡を。 興味ない人は飛ばして頂いて結構です。

*

サンエコーさんの特典
1日15人から20人の夜の時間帯の客(オーダー)が増える。 宣伝をかなりするので、サンエコーさん自体も宣伝になる。英会話サロンと言う事でも話題になると思います。こちらのお客さんとしてでなくても見にくるお客さんも多くいるはず。 休みである日曜に、定期的な利用料が入る。18:00からの人件費の節減(うちらがタダで働く)。 内装の改装費用が浮く(こっちで出す)。
こちらからの要望
平日はテーブルを3つ(各6名分)を18:00から21:00まで占有させてください。
占有コーナーを作る(日中は通常営業で使ってください)。 占有コーナー内に教材試聴用の棚を設置したい。あとテレビモニターも。
土曜は午後13:00より21:00まで。 ラウンジのお客様は通常通り飲み物を注文します。(1日当たり15から20人の見込み)
テーブルにお菓子を置かせて欲しい。 会計は喫茶と英会話サービスを別々にする。 レジを別に置かせて欲しい。(コーナーの所に場所が欲しい)。 日曜も使いたい。(条件応相談)。 (日曜はフリードリンクで1000円/h) レッスンテーブルは注文なしにして欲しい。 テーブルホストはコーヒーおかわり自由でお願いします。(2杯分支払う) 月に一回、土か日曜にパーティーを行いたい。 外に看板を出させて欲しい。(昼間でも宣伝のため)。 内装を一部変えたい(費用はこちら負担)。 スタッフは(特別時給500円とかで?)店員としても働きます。・・・などなど。。。。
結果3分で却下。

*

その後僕
はもう一つの喫茶店(カフェyou)もあたろうかどうか迷いました。しかし、どうも同じ結果が待っていそうで、行く気になれませんでした。
残るは秋葉原のカラオケバーか。考えて見ると、だいたい他人の店の中で商売やろうと言う事に無理がある気がします。 帰ってから何も案が浮かばず、2日ほど何もせず布団の中からほとんど出ずで寝てばかりいました。

*

「おんちゃん おんちゃん、わたしちょっと郵便局行ってくるから。これ崩してくる」

それから3日目の朝、そう言って母親は僕にある紙を見せました。母は未だに僕の事をおんちゃんと呼びます。

「何これ?」
「あんたの養老保険」
「ああ、いつか言ってたやつ?」 なんか去年郵便局の貯金で保険が付いてくるみたいな話をしていたのを思い出しました。
「崩すって、解約?」 「そう」 金額を見ると108万円です。
これは僕名義のお金として僕が保険に入っているものでした。本来20年後に満期が来て幾らかお金が貰えるやつです。
「マジで?それって俺のため?いいの?」
「だってあんたがあんまり落ち込んでるから。・・・でもこれだけよ」
いや、なんとこんな隠し玉があったとは!「ありがとうございます、お母上」って感じでした。
ここから僕の破竹の勢いでの前進が始まるのでした。

*

 銀行関連の書類以外はすでにそろっていました。以前に資産を親が買ってくれたらそれで資本金が出来ると思っていたからです。しかし、最終的には銀行に資本金を預けて、その証明書を出してもらわなければなりません。それだけで52500円もかかりました。
現金265万円を3つの通帳からかき集め、出所が分かりにくいように、あちこち振り替えたりしました。それを見ながら銀行の融資担当の人は、

「あの、これは全部社長の口座ですか?」

と尋ねました。

「・・・しゃ、社長?」

一瞬僕は辺りを見回そうとして、それが僕であることに気がつきました。
「あ・・・そ、そうだよ、君ぃ!」
ってな感じで思わず声が上ずってしまいました。
生まれて初めてキャバレーの呼び込みのおっさん以外の人に社長と呼ばれた瞬間でした。うれしいよりも恥かしいと言うか、こそばゆい感じでした。

俄然やる気を取り戻した僕は、与えられた条件でどこまで何が出来るか考えました。
そう、やはり自分の店を持つ事に拘りがありました。その為にはお金を借りなければならない。公的な融資を受けることです。しかし個人で一度断られているので、法人にするしかありません。しかも1円起業ではなく、ちゃんと300万円の資本を持った有限会社(現在では設立できなくなった)。

いろいろ計算してみました。養老保険は、保険として使われた分があり、残りは95万円でした。そして僕の手元にあった現金は40万くらいでしたか。交渉の末、無利子無期限で親から120万円借りました。計255万円。あと45万です。それと会社設立には全部書類を自分で作っても20万ほどかかります。と言うことであと65万。

そこで現物出資と言う方法を使いました。現物出資とは、その名のとおり物で出資するのです。僕の持ち物の車やパソコン、オーディオ機器などです。使えそうなものを全部現物出資として会社に納めることにしました。その合計、なんとたったの35万円。勝手に値段は付けられるのですが、相場にあっていない場合はそれを指摘されるので、大体の相場の値段です。あとの残りはまあ、いろいろとかき集めました。

*

かくして、僕はやっと会社の設立に漕ぎつけたわけです。かなり無理やりと言えるでしょう。ここまで強引にやって来れたのも、沢山の方々が直接またはメールを通して応援して下さったからです。
何人かの人はこの内容(ホームページ)を読んで、「多少だったら投資しましょうか」とか、「知り合いのベンチャーキャピタリストに紹介してあげましょうか」とありがたいご提案を頂いたりしました。
しかし他人様のお金を預かる事になると、逆に責任と不自由さが避けられないので、できたら自分のお金(&借金)でやるべきなのです。でも、もし融資がうまく行かなかったらよろしくお願いします。って感じです。

他の人達にいちいち報告しながらやる事(この日記がそれです:当時はブログと言う概念は無かった)。
多分一人でやるぞと意気込んでも割にすぐ挫折してしまったに違いありません。色々な方々から応援、忠告など頂き、逆に引けなくなってしまったのもありますが、それは僕がそれを選んだと言う事なのです。
これで出来なかったら恰好悪い訳ですから。

次へ