その8・・・準備


その後 は破竹の勢いで融資に関する資料や相談、また会社設立後にしなければならない各種手続き、さらにあらためて物件を探しました。
今と言う時間を1秒でも無駄にしたくない、早く先に進みたいとの一心でした。
「そうか、名刺とかも作らないとな」 頭の中ではまたしても、肩書きである「代表取締役社長」がちらつき、それがなんだか少し詐欺のような感じがしました。
しかしながら、まだ店の住所も決まってませんし、 ホームページのドメインも決まっていません。

PHSも携帯に代えるつもりだったのでそれらがそろってから作ることにしました。

*

いろいろ途中経過はありましたが、会社の設立は無事済み、母親も、「これで、何か悪い事しても[ 37歳無職 ]ってテレビで言われなくて済むね」と喜んでいました。


いよいよ銀行に融資の相談に行くとき、舐められないように久々に背広を着ました。
僕は背広は堅苦しくて嫌いなのですが、このときばかりは1年半ぶりくらいで、意外に背筋がしゃんとしました。生まれ変わった様に、歩き方も変にキチキチとしてしまい、一寸の隙もなく、直立歩行のロボットのようで左右にぶれたりしませんしキョロキョロもしません。まるで自分が有能な人間であるかのように視線も鋭どげです。曲がるときもほぼ直角。
実際問題、普段の格好と背広では周囲の応対も違いました。特に不動産屋とか。
これは仕方のないことなのでしょうか。確かに僕も同じ人がジャージ姿と 背広では明らかに違う印象を受けます。そう言えば道端でティッシュを配ってるのでも、長髪のラフなカッコのお兄ちゃんより背広姿の人の差し出すティッシュ を受け取ってしまいます。

さらに 僕はバイトを探しました。定収入の確保のためです。友達には社長がバイトかよ、と言われましたが、最初のうちは、自分の給料はないと思ったほうがいいと言 うのが定説で、当面の生活費はとっておくべきなのです。しかし僕にはその余裕がないので、その分働くことにしました。・・・と言うか母親が毎日無料のアル バイト情報誌を持って帰ってきて、僕に渡すのでそういった発想になりました。

まず目を引いたのはバーテンダーでした。やはり夜中は給料が良いので、英会話サロンが終わってから夜11時から朝までできる仕事にしようと思ったか らです。また僕は大学生のころ5年
間(一年休学含む)ずっとバーテンダーをアルバイトでやっていたのです。朝昼逆転の生活にはちょっと抵抗はありましたが、どうせ やるなら面白そうな事と思ったのからです。
問い合わせた結果、フルタイム(夕方から翌朝まで)で働ける人を探しているとの事でだめでした。
「うーん、そうだなぁ。飲食関係は結構ハマるから止めといたほうがいいかも」 と考え、他のものを探しました。絶対かわいいウエイトレスの子とか居たりして心乱れたり、人がいないから頼むって無理やり駆り出されたりします(経験上)。

それらの募集記事で目に止まったのは「ポスティング」でした。
「これだぁ!これなら一石二鳥だ」 僕の頭に一つの名案が浮かびました。
そのポスティングの仕事とは、横浜近辺の各会社や家庭のポストにチラシを入れる仕事です。1日1000枚ほど配ります。 つまり、僕は「自分の店のチラシも一緒に配ればいい」と思ったのです。どうせ配るなら1枚も2枚も大した差はありません。バイトをしながら自分の店の宣伝が出来ちゃうわけです。正に一石二鳥のバイトです。
さっそく履歴書を持って面接に行くと、2,3の質問のあと、 「じゃあ明日から時間のあるときに来て。好きな時来て、好きなだけ配っていいから」 と即採用でした。

*

以前狙っていた、東口歩いて1分の道路に面した2階の物件はすでにどこかが入っているようで、内装工事が始まっていました。しかし、今度はそのビルの5階が空くという情報を掴んでいたのです。
5階となると、下から様子が見えないので入りにくいのではとの危倶もありましたが、僕はしたから見上げていて、ある事に気づきました(その頃僕はその物件の近くに来るたび、立ち寄り、ビルを見上げていたのでした)。
「もしかして、あの窓からMM21の夜景が見えるんじゃないの?」
しかし、目の前に高速道路が走っていて、その風景は微妙でした。もしかすると高速道路で隠れているかもしれません。ちょっと離れたところまで行って みて高速とそのビルの5階とどちらが高いか見てみました。ちょっと5階の方が高い気がします。
「うーん」
確かめたい。

MM21の夜景があの広い窓から見渡せたら、それは大きくプラスです。とりあえずビルの5階まで上がってみる事にしました。
人の気配があまりないそのビルで、ちょうど僕がエレベーターに乗るとき、一人の女性が一緒になりました。 「何階ですか?」 「あ、5階でいいです。」
その女性はどうやら僕が狙っている物件に今入っているブライダル会社の人のようでした。エレベーターを降りて、僕が一緒に下りるのがとても不自然(そのフロアには店がそこ しかない)なので、思わずその女性に聞きました。
「あのこちらのお店の方ですよね?」
「ええ、はい。」
「5月いっぱいでここを出られると聞いているんですが」
少し不信そうな顔をした彼女は、
「あ、いえ、ちょっとお待ちください」
そういって彼女は店の中に入って行きました。

代わりに出てきたのは、ちょっと小太りの化粧の濃いおばさんでした。

「あ、すみません。こちら、5月いっぱいで出られるのですよね?」

「ええ、そうですけど、お宅どなた?」 かなり怪しまれている眼差しです。

「あ、いえ、出来たら次にここへ入りたいと思っている者ですが・・・」

「ちょっとこっち来て」そう言って化粧の濃いおばさんは給湯室へ手招きしました。

「あのね、うちは客商売やってるんだからそう言うこと店の前で言ってもらったら困るのよ!」怒鳴るのを堪えている感じの声と表情。

(げっ!すげー怒ってる。)

「あ、すみません。ちょっと窓からどんな風景が見えるか確認したくて5階に来てみただけなんです。」 さらにフォロウする積もりで、こんなことも言ってみた 「いえ、あともし宜しかったら、内装がとってもきれいなので、そのまま私の方で引き継げば、御社でも現状復帰費用などかからなくて済むんじゃないかと思いまして・・・」

するとすかさず、

「どこの不動産やよ」

「へ?」

「どこの不動産屋から聞いてきたの!」

「あ、いや、それはちょっと・・・」

「風景だったらそこの窓から見てください。あと、何も言わないでいきなり来るなんて金輪際辞めてくださいね!」

「あ、はい、申し訳ありませんでした。」 深々と頭を下げながら、そう言い、しかしチラ見した窓からはきれいな夕焼け色のMM21の風景が見えていました。
エレベーターを待つのも気まずかったので、そそくさと階段で逃げる様に下に下りて行きました。

*

「よし、あれに決めよう」

僕の意思はほぼ固まりました。
以前他の階の同じタイプの部屋も見ているので、雰囲気はわかります。ただ、どうしても気になるのが「入りやすさ」でした。まず人通りが少ない地域である事 と、ビル自体が引っ込んでいること。また夜はビルの前まで来ても、ビルの1階ロビーが暗く最初は入りにくいだろう事など、かなりダメでした。
僕はそれらを解決するよう、4つの条件付で申し込みをしました。

① ビルの前に電飾看板を置かせて欲しい。
② ビルの1階の照明を明るいものに変えて欲しい(これの費用はこちら持ちで)。
③ ドアを開けた状態にしておきたい。
④ 1階に道路から確認できる案内板を置きたい。

これだけあれば、遠くからは電飾看板で場所を認識できて、ビルの前まで来れば案内板を確認できるわけです。これらを検討してもらう条件で申込書を書きました。あと、融資の関係があったので、解約に関する特記事項を設けてもらいました。(融資申込み前に物件を契約しておくことが望ましいのだが、融資が受けられなかった場合、解約せざるを得ない為)。とにかくへんな妥協はなく、出来るだけ要求はぶつけて行くことにしました。

程なくして返答が帰ってきました。
①は無理。②はOK。③はセキュリティ上無理。④も他のテナントの手前無理。
ただし、①については、他の店舗から も同様の要求があるので、オーナーさんの方で全店舗を案内する電飾看板を設置します、との妥協案を頂ました。これは上等です。僕としては遠くから場所が認 識できればいいのですから。 これで何とか開業計画がまとまりそうでした。
さらに僕の中では、暇な昼の時間帯を利用して子供英会話を行う(半託児所的)案が急浮上してきていました。きっとお母さんたちは、3から5歳くらいの子供 を何処かに預けて、買い物や何かを楽しみたいに違いありません。その間子供は英会話の勉強をしているとすれば、一石二鳥です。(僕は一石二鳥が大好きです)。

しかし、この案については、皆さんに「良いと思うけど、子供は気をつけないと大変なことになるよ」と言われました。妹に至っては(2歳の子がいる)、絶対無理、と 言い張ります。子供は何をするか分からないし、知らない子を1日面倒見るのは不可能と。知り合いの技術の人は、携帯で子供の様子を確認できるようにしたら いい。俺がシステム作ってやるよ、と言ってくれています。ただ、実際問題は非認可の保育所みたいになるので、あまり現実的では無いようでした。

他にもここぞとばかりにいろいろなアイデアが浮かびました。思いつく度に書きとめ、まあ、とにかく夢はどんどん膨らみました。

 

 
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