‘G-Flexができるまで’について
その1...きっかけ
きっかけはたった1通のe-mailでした。「お詫び」と題したものの内容は、「E-townは3月14日をもちまして閉店致します。今までありがとうございました」、との内容でした。E-townの社長からでした。「なにぃ?」
僕はE-townさんに英会話の1日コースの場所を提供してもらっていて、2回ともそれなりに上手く行っていたし、パーティーなんかも共同主催でやらせてもらっていました。将来的に協力関係を築けたらいいなあと思いつつ期待を持ってお付き合いをしていた矢先でした。
どうやら経営は楽ではないと聞いていたけれども、英会話喫茶の業態は上手くやればその内来るのでは、と思ったりしていました。しかし、突然閉店とはビックリでした。
-事の成り行きを知らない方々の為にちょっとだけ説明をします。E-townと言うのは英会話喫茶で、英会話喫茶とは、外人と気軽にコーヒー飲みながら時間制で話が出来る喫茶店です。そこへ僕が合宿の宣伝をしてくれとビラを持ち込んだのがそもそもの始まりで、協力的に場所を提供して頂いたりしていました。-
その頃僕もこれからの生き方をいい加減決めねばならない時期でした。なんと僕は1年半もまともな仕事をしていない状態が続いていたのです。その頃某学校でマネジメントの勉強しながら、何とかギリギリ食いつないでいたのですが、そこも卒業が目の前に見えていました。自分の進路を(この年になって)決めねばなりません。 そこに入る時、僕は初めから起業志望でした。しかし、本来の意味での計画や準備が無いまま時期が来てしまったのです。そこヘ来て「お詫び」のメールでした。僕はその時、突如目覚めました。
「よし!E-townを引き継ごう。そうすれば初期投資が少なくて済む」との短絡的な考えから、E-townの社長に電話して、話をする機会を貰いました。その時は単純にE-townにあるテーブルとかレジとか、椅子とか全部処分するなら、俺がそのまま引き継げばもったいなくって済む、とか考えていました。実際問題オーナーが変わると敷金礼金みたいなのは全部精算し直しになるので、引き続き同業種でやるからと言って、計算して見るとそれ程得にもならないみたいでした。
E-townの社長と話しをして見ると、赤裸々な最近の赤字の話と(良い時代もあったらしい)、家賃がビックリするくらい高く(調べた結果、秋葉原近辺の相場は坪14000円で、E-townは22坪あった+共役費)、そこで小さく挫折しました。それでも負けじと「それは僕が大家さんと話を付ける」とは言ったものの、家賃が半分になるわけも無く、更に事務所の契約だと保証金が10ヶ月とか取られる訳です。つまり、まあ300万とか。あえなく短時間で玉砕しました。
それでも僕の「よしやるぞ!」の熱は冷めるはずもなく、そろばんを弾きつつ、家賃が幾らで、場所がどのような所で、どんな人達が来てくれて、どうやってやるかについて考えました。つまり創業を思い立った訳です。(この時点で2月末です)。 そして身近な繁華街というか、適当な場所として横浜駅でまず物件を探そうと思いました。あ、ちなみに、僕一人で始めようとしていた訳ではありません。初めは期待のみしてましたが、後で話すとE-townで働いていたAさんが協力してくれると言う事になったのです。色々話をしているとかなり考えで一致している事もあって、Aさんが横浜でも来てくれると言うので探しました。もちろん、あまり採算の合わない英会話喫茶とは若干違う形での営業を考えていました。さらに1日コースで講師をやってくれたMや僕の知り合いの下北でHip-hopウエアの店をやっていたSも店ができたら是非手伝いに行きたいと言ってくれて、あとは良い物件が見つかればと言う感じでした。
それがあったのです。あっさりと。もちろん幾つかの物件は見ましたが、駅からの遠さと建物の汚さでパスでした。その物件は、横浜駅から歩いて90秒、16坪でなんと家賃15万。しかも24時間使える、周囲は人通りが無く静か。・・・この周囲が人通りが無く静かってとこが安い原因でしょう。でもライブパーティーとかやりたい僕には好都合。こんな風にたった1個所、横浜駅近辺でほとんど人通りがない地域があったのです。他ではどう探してもこんな寂しい場所は横浜駅近辺にはないでしょう。これを良いと言えるかどうか分かりませんが、その時に僕は絶好の良い物件だと思いました。とにかく西口の同じ距離の物件の半分くらいの家賃です。
英会話コミュニティサロンとは、そもそも通り掛かりの人がふらっと入るような場所ではありません。まず99%が宣伝か何かの情報を元にわざわざ尋ねて来る場所です。だから人通りはあまり関係無いのです。ブティックや飲食店ではないのです。そしてその物件は道に面した2階で、窓に宣伝の看板を出せたりして、より安心して来て頂けるのではないかと、思しき物なのでした。ビルは少々古いものの、部屋の内装は始めから大々的に改装する積りなので、あまり関係ない気がしました。ビルの外から明るい2階の窓越しに楽しそうな(?)様子が見れるのです。「これは行けるぜ!!!」
僕はそう思うと、帰って事業計画をまとめ始めました。その頃丁度慌てて創業起業セミナーに通っていまして、今考えると全てが同時進行だった様です。 ちなみに読んでいる方の為になるかどうか分かりませんが、秋葉原の駅昭和口方面近辺の相場は坪12000円から14000円、横浜駅西口の近辺では坪20000円(東口でもそごうとかスカイビルだと)、歩いて5分圏内(実際には7,8分かかる)だと坪10000円くらいです。普通の駅ビルのブティックみたいなお店を想像してもらうと、坪20000円で多分12,3坪はあると思います。そうすると横浜駅西口近辺だと家賃は25~30万はしてる訳ですね。家賃だけで1日1万くらい。更に人件費、光熱費、仕入れとか考えると、最低1日の売上は純利益30%として10万円(純利3万円)は無きゃ話にならないのですよ。横っちょに並んでいる小さなお店が毎日10万円以上も物を売るってすごいなと思います。
そんな事を考えつつも、僕の取らぬ狸の皮算用計画では毎月会社は20万円の黒字。上手く行けば1年か1年半後に支店第1号を出店。3年後にはなんと約10店舗が首都圏に広がり、関西にもその手を伸ばすと言うまたしても壮大な計画だけが一人歩きしていました。 行く末は茅ヶ崎か鎌倉あたり(横浜に通うのにはその辺)の海辺に3階建ての豪邸を構え、2階の屋上には満天の星空を望む露天風呂。海辺が近いのでビーチに遊びにも行けるし、昼間は露天風呂はプールと化して遊びましょう、みたいな家を作って「週末英会話合宿」をそこでやるのだ!とまあ、どんどん夢は膨らみました。
その2・・・資金と融資制度
事業計画はかなり細部に渡り綿密に計画されたものを作りました。何度も何度も見なおし、パワーポイントでもプレゼン出来る様にし、Aさんとも何度も打ち合わせミーティング(てか飲み)をして、今までの僕の些細な合宿での経験も重ね合わせて、「一体何が受け入れられるのだろうか」を考えました。
僕のポリシーは一点です。「今現在英会話に対する需要は高まる一方だが、それを受け入れる教育体制は全く出来ていないし、英会話学校は入学金だの、1年契約だのと高いお金を払わなければならなくて、敷居が高い。もっと気軽に安く英会話の学習機会を提供したい」と言うことなのです。僕の経験上、どれだけ話したかが会話に関しては重要だと思います。文法だの単語だのの前にどれだけ実践しましたか?と言った方が話は早い気がします。当然文法とか単語とかはまあ、基本として必要ですが、それはほとんどの人が十分教育を受けているのが日本人です。
僕は言いきる。日本人に足りないのは実践だ!喋れるようになりたければ、じゃんじゃん喋ればいいのです。それが一番近道。だって、日本語が喋れるようになりたい外国人がいたとして、その人はちゃんと日本語の文法とかを勉強していたら、あと僕らは「どんどん話そうよ、そうすれば話せるようになるよ」としか言えないですよね。
-事の成り行きを知らない方々の為にちょっとだけ説明をします。E-townと言うのは英会話喫茶で、英会話喫茶とは、外人と気軽にコーヒー飲みながら時間制で話が出来る喫茶店です。そこへ僕が合宿の宣伝をしてくれとビラを持ち込んだのがそもそもの始まりで、協力的に場所を提供して頂いたりしていました。-
まあ、何を実現したいかはともかくとして、事業をやるぞと決意した所で大問題は資金です。資金調達をどうするかはどうやら新規事業をやる皆さんが頭を悩ませる問題のようでした。1年半好き勝手にやって来た僕に資金(貯金)などあるはずもありません。 そこで融資制度を徹底的に調べました。持ってないものは借りるしかありません。しかし消費者金融みたいな所から借りても地獄が待っている事は想像に遠からずで、それではないお金の借り方を(僕が調べた中で)以下に記します。
最大で一番メジャーな金融は「国民生活金融」いわゆる国がやってる公庫です。一般的な対会社の金融は創業1年以上を対象として、その業績に対して資金を融資します。しかし、中には新規事業に関して応援する為の資金があって、公庫では新創業融資制度としてなんと550万円ものお金が無担保無保証人で借りる事が可能なのです。僕のはじき出した必要創業資金は500万円なのです。(ちなみに通常飲食業などだと1500万円とか掛かるけれども、厨房とかの設備が一切いらない部屋のみなものなので安い)。更に飲食業の届けも、コーヒーなどはサービスなのでいらないのです。喫茶店だと届けが必要で、食品衛生管理者とかの届けも必要なのですが、英会話コミュニティサロンではすべてサービスなので、漫画喫茶と同じです。面倒な事はない。意外とお手軽な起業です。
一応ここで、僕の起業内容と従来の英会話喫茶の違いを記しておきます。 Aさん曰く、「英会話喫茶では初級者がせっかく来ても、会話のチャンスが少ない」なのです。何故かと言えば、当然ですが、どうしても話せる人ばかりが話してしまうと言う事なのです。初級の人がせっかく初めて来たのに、ほとんど話ができないまま帰る事になり、二度と来ない。確かに英語を聞くだけだったら、CD買って自分でできます。話す事の実践は一人では出来ないですから、特に外人と話したいわけです。だから来た。でも話せない。 これでは初級の方々は居付けません。かと言って初級の人ばかりが集ってもFreeトークは弾まなかったりします。やはりレッスンが必要です。 そこで僕の構想ではレッスンルームを1つだけ作ります。そしてそこでは、毎日初級の方のためだけのレッスンが行われます。あとAさんの初級のテーブルだけでやるちょっとしたゲームなども含め、基本的には初級の方達の為にサービスを用意するのです。もちろん中、上級の方はラウンジでフリートークやパーティーなどで楽しめます。あと合宿や1日コースではレベル別にレッスンをやるので、どのグレードでも大丈夫です。ただ、ラウンジでは特に初級の方々に対してのサポートをして行くサービスを作って行こうと。まあ、細かい事はその内。
金の無い僕は、自己資金50万で始めようと思いました。あと450万は借りようと。しかし、公庫の基準は自己資金が開業資金の50%を持って始めて認められるようでした。50%って250万円です。それが無いと融資も受けられない様なのです。・・・そんな金無いです。まずは家族と相談です。まずはそれからです。
家族会議は3時間にも及びました。大変僕が熱く語った結果、母が「お金をあげるのは無理だけど、あなたの資産を買い取ってあげる事は出来る」との事でした。僕のいま住んでいる家は、5分の2が僕の資産です。(建てる時にそれだだけ出した)。それによって、僕は200万円余りの資金を得る事が出来たのでした。(本来は600万円くらいだけどそれしか無かった)。
「よーし、やったぁ!あとは前進あるのみ!」
と息巻いた僕は起業セミナーで一緒だった行政書士の方の助言もあって有限会社を設立する事にしました。一人でやるなら有限会社にしておいた方が個人事業主よりも税金対策で有利との事です。会社設立かぁ。。。その時僕の中で、
「代表取締役社長 矢田 剛」
と言う名刺が作れるのでは、と言う期待があったことは否めません。ウハー、カッチョええ・・・、と一瞬、頭の中ではキャバクラのお姉ちゃんたちにチヤホヤされる自分が目に浮かびました。(注:僕はキャバクラとかの類にはここ10年以上行っていません)。
とにかく超前向きに考えて全てが今の為にあったのだと実感すらしていました。英会話合宿の経験が生かされ、E-townで働いてた経験者が手伝ってくれて、横浜の駅近辺のポッカリ空いた場所の物件があり、お金が無いはずが、家の資産を親が買い取ってくれる事で、なんとか出来る。これは前に進まざるを得ないでしょう。親との話でもなかなか出口が見つからず、資産の買取と言う事で話が付いた事で全ては僕の思うとおりに動いているのだと思いました。こう言う時人は、神が自分に付いてくれていると思い、感謝したりします。
会社を設立会社を設立するのに、まず定款(会社の法律書のような物)の認証をしなければなりません。これは会社の内容を規定するもので(あとでどうとでも変えられますが)、形式がちゃんと出来ているかどうかだけで、約10万円掛かります。
そのお金を惜しげも無く払いました。公証人事務所というのがあって、そこで認証を受けるのです。その中で、
「代表取締役 矢田 剛」
と言う項があったのですが、取締役が一人なら代表はいらない、と修正され、代表を消されました。
「取締役 矢田 剛」
少し寂しかったです。
ここで蛇足ですが、確認会社のお話を少しだけ。最近1円起業なんて言葉を耳にした事があるかも知れません。本来有限会社は300万円、株式会社は1000万円の資本金を積まなければ設立できない事になっています。しかし、平成14年秋に中小企業挑戦支援法が成立し、1円の資本金でも会社を登記できる様になったのです。ただし、これは5年間の猶予期間を設ける、と言う意味であって、5年後までに規定の資本金を積まなければならないと言うものです。ですから確認有限会社を設立しても、5年で資本金が300万に増資出来なかったら、会社は解散か、合資会社などに組織変更しなければなりません。
僕も初め、この確認有限会社にしようかと考えました。こう言った資本がなくても出来る事業もあるとは思いますが、僕の場合、資本がないのでは結局商売が出来ないので、どうせなら普通の有限にしようと思いました。
狙っている物件には他からの申込みが入ったとの情報が不動産屋から来て、まだ登記も融資も終わっていないのですが、慌てて仮の申込みを入れました。融資も登記を待っていられないので、個人で、現状のまま申し込みました。とにかく順序を踏んで行く時間が無かったので、全部同時進行でした。
その様に僕がまっしぐらに進む中で、そこにはいくつも反対意見がありました。普通はみな単純に応援してくれるのです。でもそこでNegativeな意見をぶつけてくれる方々は、とても献身的な方々だと思います。
その3・・・献身的な方達(1)
僕の構想の英会話コミュニティサロンに異を唱える人はそれまでいませんでした。何せやる気マンマンなので、「なるほど、頑張ってね」としか言えないのでしょうか。または、他人が何か頑張ってやろうとしている事に関しては、人はあまりネガティブな事を言ってくれません。言った所で猛反発を食らって嫌われる可能性があるからでしょうか。
その頃遅まきながら、毎週末の起業セミナーに通っていました。セミナーも終わりを迎える頃、僕の起業内容を題材として、他の方々の意見を聞くと言う授業となりました。参加されたほかの方々は、まだそれほど具体的な事業プランがある訳ではないようでした。本来自分の思い込みだけでなく、他の方の意見を聞こうと言う趣旨の授業だと思います。
しかし、僕の事業プランは完璧です。大概の質問には答えを準備していましたし、ほとんどの方々はケチをつける事はなく、ただ単に内容に関する質問ばかりでした。その中で1人だけ僕とは違った意見を述べてくれる方がいました。
その人はHさんと言います。Hさんは、僕以外に唯一間近に起業を計画されている方で、もう定年近い年齢らしいです。非常に落ち着いた物言いで、技術者らしい喋り方と伏せた視線。その方の事業は僕とは全く違っていて、ご自分の特許出願しているアイデアを事業化すると言った形です。歯ブラシのアイデアに基づく製造業らしいです。
「どうも、矢田さんのお考えになっている資金計画に無理を感じます」
Hさんは僕の融資を受けて行う事業に関しての意見を言われました。創業に融資を受けるのは、普通の事です。
「そこまでしなくても、何処かの喫茶店の場所を使って、そこへお客さんを連れてきてあげると言う形で営業されたらどうですか?そうすれば場所代などが掛かりません」
と言われました。確かにそんな場所があれば、使わせてもらいたいですが、僕のコンセプトは「気軽に安く英会話の実践」と言う事なので、駅から近い便利な場所になければなりません。そんな所で場所を独占的に使わせてもらう事ができるだろうか。多分Hさんの思ってるのは町外れの古びた喫茶店のような所ではと思いました。駅近辺である場所を占有するには、かなりのお金を払う必要があるだろう事が想像されました。さらにお客さんを連れて来るって事はコーヒーの一杯でも注文しなければならないので、その分単価が上がってしまいます。1時間1000円が相場の英会話喫茶で、400円コーヒー代だと、600円で営業しなければなりません。これはテーブルホストの給料を考えると無理です。
さらにしかもそこで、レッスンやパーティーなど自由に出来るとは思えません。あまりに僕のやりたい事から離れてしまうし、横浜駅近くで、そんな都合の良い喫茶店があるとは思えませんでした。様々なマイナス要因が頭に浮かび、僕の常識は即座にそのアイディアを却下しました。
その時間Hさんと問答をしている内、その日の授業時間が終了しました。
「場所を変えてお話しませんか?」Hさんは帰り僕を喫茶店に誘って、言わんとしている事を伝えてくれました。時間にしたら4時間ほどでしょうか。たった一杯のコーヒーで、長い討論となりました。その中ではHさんの起業に対する僕の意見もかなりぶつけたと思います。歯ブラシに特許的なアイデアを持っているHさんは歯医者さんに売り込む事で個人創業を成功させる目論見があるようです。全国に6万の歯医者さんがあるそうです。そこに2本づつのサンプルを送って、テレビCMをかける事により爆発的な広がりを見せると言うのがHさんの計画でした。 「でも12万本の歯ブラシには幾ら掛かりますか?さらに配送する費用、人件費などざ っと考えても1本100円として、1200万円かかりますよね?そのお金はどうするのですか?」
とまあ、僕は営業経験が長かったせいか、コストの計算をすぐ考えるのでした。Hさんはその辺がすこしあいまいで、結構いい話し合いになっていたと思います。
とにかくHさんの言わんとした事は一つはリスクに完全に備えられるか、と言う事。失敗して、それであとは借金背負って生きていく人生ではいけないと。失敗しても次に挑戦できる形で挑戦しなさいと。そして、もう一つは、既成概念に捕らわれないでものを考え、アイデアで勝負する事、です。
「例えば、矢田さんのお店に来ると、お金が儲かるとしたら、お客さんは沢山くるのではないですか?」
Hさんは言います。
「いや、そりゃそうですが、そんなの無理ですよ。僕の店では英会話を勉強して、お客さんからお金を払ってもらう店ですから」
「それは矢田さんがそう考えているだけですよね」
Hさんはそれを既成概念と考えていて、それに捕らわれていたら、アイデアは生まれない、と言いたいのです。
Hさんの言わんとしている事は分かりました。しかし、考えても無駄な事に時間を費やしたくもないですし、もう僕のやりたい内容はかなり詳細にわたって決まっています。あまり聞く耳を持てませんでした。
「では、例えば、どうやったらいいんですか?」
僕はちょっと意地悪く聞くと、Hさんはちょっと考えてから、
「例えば、矢田さんのお店に行くと何かの仕事が待っている。僕の歯ブラシを作る事でもいいです。それをやる事で、英会話の授業がタダで受けられるような仕組みを作る訳です」
もちろん僕が細かい突っ込みをして、それが成り立つ訳はないのでしたが、Hさんはそのような発想をいろいろして見る事が重要だと言いたいわけです。
いろいろな話で、僕が何かについて「そんな事は常識的に考えて無理です」と言う度に、Hさんは「矢田さんみたいな人が多ければ多いほど、私の仕事は上手く行くのです。」と言いました。正直その時は、-(だったらやって下さいよ。やってもらわない事には納得できないな。理系の人間は(僕もそうですが)自己マンが多いからなぁ)-とか思っていました。
「いや、矢田さんの創業が心配なのです」そう言って、セミナーの最後の日に再びHさんは僕を喫茶店に誘いました。 またとても長い時間お話をして、基本的には変わらない話をしたと思います。しかし、僕にはそれなりに面白かったので3時間も、4時間も話を出来たのでしょう。僕は後から少しずつ、Hさんの言われる事を理解して行くのでした。それから1ヶ月たったいまだに、たまにメールを交換しています。Hさんは来年に創業されるらしいです。
その4・・・献身的な方達(2)
多くの独立する人達 は、それまでやってきた仕事や人脈を生かして独立するわけです。でも全く違う道に行きたい人はどうすれば良いのでしょうか。人はみんな正しい道を歩んでいるわけではないです。今までとは違う道に行こうとした時、どうしたらいいのでしょう?やはり一から始めなければ上手く行かないのでしょうか。
何度か、アパレル業界からラーメン屋に転職して成功している話をテレビで見ました。全く違う世界への転職です。わずか1年とかでちゃんと営業し、沢山のお客さんを掴んでいます。恐らく、それはセンスだと思いますし、またアパレル業界に居て尚、ラーメンに対する執着と言うか、こだわりを持って来た人びとだと思います。それはそれで下積みがあるのか。。。話がまとまりませんでした。
とにかく、僕に必要なのは「プロフェッショナルな中身」なのです。合宿をやってきましたが、基本的には講師任せで、メソッドはある程度ありましたが、それを上手く生かすだけの教育が徹底していなかった事と、もっとスペシャルなメソッドを採用するべきなのです。
その日 僕は他の可能性を求めて新たな物件探しをしました。何件かの物件がありますよとの電話越しの女性の声につられて雨降りしきる中、横浜駅近辺のある不動産屋を訪れました。僕の中では東口付近の物件に決めていましたが、他も吟味しなければと思い、その他の物件探しでした。 雨の中、訪れた不動産屋さんは、「ご案内致します」と女の子が傘をさして外へ出て行きました。僕はその時、物件を見せてくれるのだろうと思っていました。
そこからすぐ近くの大きなビルの1階の入り口から中に案内され、「よろしくお願いします」と次の女性にバトンタッチ。
「こんな立派なビルの物件か?」でも駅からはちょっと遠いです。
「こちらでお待ち下さい」
応接ソファに座らされ、待っているとちょっと頭皮が薄くなった感じの、でもかっぷくのいいオジさんが登場しました。
「どうも」
そう言って名刺を差し出されました。「○○プランニング代表取締役社長 ○○○則」と。
結構大きなビルと建て構えの事務所でしたが僕は、「ああ、こんな大きな会社でも不況で社長さんがヒマなのかなあ」と思いました。その後その社長さんは何件かの物件の資料を僕に見せましたが、あまり僕の意に添ったものは無く、一件、見てみようかなと言う物件があり、それを社長の車の運転で見に行く事になりました。確かに横浜駅から4,5分、でも寂しい通り。でもって古ーい感じ丸だしで、しかも2階に他の英会話教室が入っていました。
「これ、無理ですよ。英会話教室入ってるし。。。」
「あらあら、そうだな」
と社長も納得し、取りあえず事務所に戻る事にしました。
その社長は創業17年。一代で大きくして、来年は上場しようと言う結構大きな会社の社長さんでした。事務所に帰ってから2時間くらい、話をしました。社長さんは大学時代ESSに居て、英語は達者な様です。賃貸のみならず、海外の輸入住宅も手がけていて、かなり仕事で海外に行かれている様でした。恐らく僕より英語は達者でしょう。その社長の言われる事で、大変合っていると思えた事がありました。「本物の創業者は、100%にだけ賭けるんだ」と。最初僕はそれを聞いて、
「それはローリスクローリターンじゃないですか」
と言いました。100%に賭けるのなら誰でもできる(現実には100%はあり得ないが、自分の確信の中で)。でもその結果得られるものはほんのわずかな物だと。冒険が必要ではないかと。
僕の理論 は、危険なき事に得る物少なし、と言う事でした。虎穴に入らずして虎子を得ずですか。それを恐れては何も出来ない。ハイリスクハイリターン。これが人生における賭けだと言うある種の僕の「美学」だったのです。
しかし社長は言います。今までどれだけそう言って失敗している人間を見てきたか。職業柄、客には事業主が多く、その人達の行く末も見てきているのです。僕のような考えの人間のほとんどが失敗し、悲惨な行く末をたどっているのを見てきているのです。 さらに社長は言います。自分が本当に100%成功できる事に賭けて、少しずつ成功して、それを積み重ねて行く事が出来る人間が真の事業者だ、と。そう聞いたとき、僕はそれは正論だと思いました。その社長の言う100%とは、言葉のニュアンスから言えば、自分が100%確信している事に賭けると言う事だと思います。
その社長 は今の事業を始めたとき、7坪の店舗で始めたらしいです。その時既に家族が居て、それを養って行くに十分な蓄えがあった状態でした。
僕は蓄え何てほとんどないです。それでも駅からすぐ近くの15,6坪の店舗を構えようと思っています。家賃で言えば多分3倍でしょう。そう言った始め方に社長は疑問を持って接してくれました。よく言われるのは「小さく初めて大きく育てる」と言う創業手法です。それは自己資本が少ないなりに始めて、大きく育てるビジョンを持つ事でしょう。
母親に言われた事も多分同じ事なのだと思います。親父が商売を始めてから会社がそれなりに軌道に乗ってきた過程を肌で感じているので、それを僕に分からせたかったのでしょう(父は49歳でくも膜下出血で1級身体障害者になって、しばらくして会社も潰れました)。母の言う事はその時には全く理解できず、「まああなたはそうかも知れないけど、俺は違うよ」と思っていました。しかし、不動産屋の社長の話を照らし合わせて考えると、母の言いたい事が理解できる気がしました。でも僕の計画は簡単に変える積りはなかったのです。いろんな意見があって、みなそうかも知れない。でも僕のケースはそれと同じではないし、やって見なければ分からない。その気持ちは確信にはならず、わだかまりの中で、ぐるぐると回っているだけでした。「でも俺は違う」と何度も空回りの様に言い聞かせていました。
そんな所に来て、ある日母親が思いつめた表情で、「やはりお金は出せない」と言いました。
その5・・・困った展開
「やはり どうしてもお金は出せない。老後に現金をとっておきたい」 そんなある日母親は言いました。
「今日、病院の帰り電車の中でつくづく思ったのよ。あんたの資産を買ってあげて、郵便定期をあげたらほとんど何も残らないのよ。それじゃ幾らなんでも後が心配だって・・・」
「何でよ、今更!もう物件も探して会社の登記の手続きもしてるんだよ!!」
僕は焦りました。ホームページ上でも「ビッグなお知らせ。5月に横浜駅から1分に英会話コミュニティサロンをオープンします!」と大々的に発表してしまったのです。何通もの「おめでとう」と言うメールを頂きました。
その時は全く納得できませんでしたが、幾つかの相談の意見で、特にもう嫁に行った妹の電話で、
「おんちゃん、あんなお金持ってないじじばばからお金取るなんてあんまりよ。普通の親と違うんだから」
と言われた事には反論できませんでした。
僕の家庭は僕が17の時に親父がくも膜下出血で、1級身体障害者になり、以来家計は僕と妹と親父の年金で賄われていました。当時は家のローンなども抱えていて、両親は当然老後の貯金なんかできる訳もありません。
そこへ来て、国民生活金融公庫から「融資不可」の通知が来ました。ちょっとした挫折感が僕を襲い、2日間飲んだくれました。
Aさん に事の成り行きを話しました。何か良い方法はないかと。残るはHさんの提案してくれた「どこかのお店の空き時間を使わせてもらう」方法でした。これなら初期投資はほとんどいりません。
そんな中で前に秋葉原のE-townで1日コースをやった時に目を付けた喫茶店を思い出しました。そこはなんと390円のランチを出していて、付近を探索していて驚いていってみたのです。ちょっと汚く、全然お客さんはいませんでした。
その時僕は1日コースの昼食と夜の宴会を安く抑えるのにいろいろなお店に行っていました。そしてそこのオーナーと話をしました。 そのお店は昼はランチ、夜は8時からカラオケバーとして営業しているそうです。午後3時から8時までは使ってないそうです。その話を思い出して、その空き時間を英会話サロンとして使う事はできないだろうか、と思いました。
「秋葉原だったら、今までの先生もお客さんも呼び戻せる!」
Aさんはハッとした様に言いました。
「でもちょっと汚いから内装は変えないとな」
「入り口がちょっと暗いから、目立つネオンサインなんか付けるといいかも」
その日僕等は一つの解決方法を見つけた気がして、満足して帰途につきました。
今日僕は ほんの少しだけの可能性を信じて1日横浜駅近辺の店をくまなく調べ上げる事としました。もしかすると、秋葉原のカラオケバーのような店が近くに存在するかもしれないと。条件は、平日6人掛けの席が二つ以上18時から21時に占拠でき、土曜か日曜には1日コース、またパーティーも出来る広さ、駅から歩いて5分以内、&最低限きれいと言う事です。
もう30年以上横浜駅に来ているけれども、周囲を1日調べ上げた事はなかったです。特にここ最近の横浜駅は、みなとみらい線が開通するのに合わせるように、南北の東西通路が出来て、どんどん開発が進んでいてますます複雑になっています。なんと6路線が入っているのです。慣れ親しんでいるはずの僕でも新しい発見(ただし小さい)はいっぱいありました。
まずは 利用した事のないJR改札の北通路の東口(すみません、名前は忘れました。多分北東口)より出てみました。こっち方面は多分10年ぶりです。どうやら10年経っても相変わらず大して栄えていません。ただ、人通りは心なしか多かったかな。こんな地域にさびれた喫茶店なんてあったら絶好の獲物です。キョロっきょろしました。平日だと言うのに、線路沿いにはシャッターの閉まった店が多かったです。あとビルの多くは古い。国道側もコンビニやいわゆるオフィス系ビルがほとんど。昔、この辺に代ゼミがあったと思ったのですが、別の方へ引っ越したみたいです。
マンションみたいなのはあって、ここなら家賃は事務所よりずっと安いだろうなとは思いましたが、人んちみたいな所(マンションの一室)へはなんか秘密クラブみたいで来にくいだろうなぁと思いました。その昔(二十歳くらいだったか)、海でナンパした(友達が声をかけた)方々がなんとオカマ軍団で、一人が僕にくれた名刺に「○○マンション202号室 小雪」と書かれていた事を思い出しました。
そこらでは結局大した収穫も無かったのですが、まあ、唯一生ビール中250円(枝豆付き)の店を発見したのと、あとライブが出来るバーみたいな所が目にとまりました。駅からは歩いて3分で、中に入ってないので正確には分からないですが、雰囲気は悪く無さそうな店が、パーティーで1時間2000円で貸しきれると発見。名前はオアシスだったか。将来的にはこんな風な店でオーナーなんかやったりして、気が向いたら歌ったりってのは僕の一つの夢です。
次は そのまま北の東西通路を抜けて、西口方面に行きました。鶴屋町と言う、More’sの先に行った方面です。
ここら辺は繁華街ですが、昔からある店がいっぱいあって、かなり雑多な感じです。また横浜駅には少ない風俗店もちょっとあったり、古くから横浜で遊んできた人(オジさん)は、だいたいこっちの方に連れて行ってくれました。ただ、今はちょっと前みたいにキャバレーみたいな店とかも無くなってしまい、カラオケボックスやらフランチャイズのお店が軒を並べていて、きっと横浜のお父さん達は寂しい思いをしている事でしょう。
こちらの方は、駅から近い繁華街の割に家賃が安いのです。それもちょっと横へ行くと、突然人どおりの少ない、寂しい所になるからでしょうか。あ、いや、多分全体的に古いビルが多く、周囲があまりきれいな感じではないからでしょう。
そのまま国道を超えたちょっと奥の方(5分超圏)にまで行ってみました。もしかしたら、思わぬ出会い(物件とのね)が転がっているかも知れないのです。
待っていた のはラブホテル街でした。(こんな所にこんなにラブホテルがあったのか!)ちょっと驚きました。渋谷にはなんであんなにラブホがあって、横浜は少ないんだ、と思っていました。浜ボウルの裏のホテル街もどんどん違う業態に変わっていました。
それにしても、こんな所に。。。料金はそれ程安くない様でした。
まあ、それはともかく、その時感じたのは、「このラブホテルの部屋、ほぼ全部今あいてるんだろうなあ。もったいない」と言う事です。その時はまあ昼前だったので当たり前ですが、多分夜の10時以降でないとほとんどの部屋は空いているでしょう。もったいない。僕が欲しい時間帯は、午後6時から9時です。皆さんが会社を終わってからちょっと英会話って感じで寄る時間帯なのです。正にその時間、このホテルたちの部屋は無駄に時間を過ごしている訳です。
もったいない。その空間を有効に利用できないものだろうか?物理的に何も問題ないじゃないか?自問自答しました。。。あり得ない。
どう贔屓目に見ても、英会話を勉強しにラブホの一室に来る人なんていないでしょう。万が一いたとしても、多分講師の方が変な気を起こしてしまうに違いありません。僕は足早にホテル街を去りました。
その6・・・別の案
段々 横浜で中心地の方面、三越や天理ビルなんかの地域に来ました。正直、ここいらは見るだけ無駄な事は分かっています。家賃もボロ高くて、完璧オフィスとか名店街で、そんな地域で無駄にさびれた喫茶店がある筈もありません。
しかし、来た甲斐があった!なんと、新たな「ふれあい掲示板」(ここでの名前はまちの広告板だった)があったのです。(広告費無き宣伝の日々を見て頂いた方にはこの喜びが分かって頂けるものと)。Fカレッジの横に。無料掲示板です。
収穫はまあ、そんなもので、そこから高島屋方面に向かって行く途中、そろそろ昼飯って感じで「吉村家」(横浜ラーメンの元祖、超有名店。一時期1ヶ月に3回くらいは食べに行っていた。)に行きましたが、相変わらず超混み行列だったので、儀弟のうまいと行っていた初の「むつみや」にてラーメンを食べました。あの辺は昔全く無かったのに、ここ数年で突如美味しいラーメン屋さんが増えました。僕は一人で外食する場合、8割がたラーメンです。
その後僕は候補の喫茶店を二つ見付けました。一つは天理ビルのずっと先、高速の下をくぐって川を渡ったところの地下の店。もう一つは浜ボールの1階にいくつかの店が入っている中で、飲み屋でない数少ない店(喫茶店だからあたりまえか)。特に橋を渡った所の店の方は、どう見てもはやっておらず、しかしこぎれいで、広さもパーティーをやるにも十分。駅からも、地下街を通って一番先の出口からでたらすぐなのです。地下街なら店もいっぱいあって、信号もなく、飽きずに歩いてこれると思います。徒歩5分です。微妙
その後 カラオケボックスなどもチェックしました。Hさんのご提案で、最近カラオケボックスが不調なので、その空き部屋を利用して昔の「歌声喫茶」的に歌で英語の勉強をしてみてはどうか、というメールに返答しかねていましたので。たしかにカラオケボックスは夜9時以降がメインで、その前は平日は空き部屋はあるようです。
しかし、歌声喫茶 - ご存知無い方が多いと思うので、簡単に説明します。昔(今から40年以上前だと思います)流行った喫茶店の種類で、みんなで唄を歌う事が目的で来ます。ロシア民謡などを歌ったと僕の母は言ってました - の文化を僕等は知る由もなく、かなーり抵抗感があって(知ってるもの同志ならともかく、初めては)、誰も来ない気がしました。
それ以前に横浜駅近辺のカラオケは、そんなヒマではないらしいです。金土は早くからいっぱいだし、平日でも7時くらいからは十分入ってるらしいです。(ってか想像ですけど)。
歌声喫茶的に英語をやるのは、イベントとしてはいいかも知れませんが、毎日は無理な気がします。(やってないから分かりませんが)。レッスンに至っては他の部屋で歌って盛りあがっている中、不可能です。
あとちょっと 目を引いたのは、子供(幼児)向け教育教室です。幼稚園とかではありません。そこで一体何やってるのでしょうか。子供向けなので早く終わるのです。17時とか。これはお母さんが一緒なので、夕ご飯の仕度とかあるでしょうから、そんな時間までな訳です。そしてそこは一応教室。教育施設です。(もしかして、これ行けるんじゃないの?)、心密かに(ってか誰も話し相手いないですが)思いました。僕の要望は18時から21時です。
そんな子供の教育施設が横浜駅近辺に3つもあって驚きました。だって、横浜までわざわざ子供連れて来るってのが驚き。近くに住宅地なんてありませんから。近所の保育所でいいじゃんとか思ったり。
5時に子供たちが帰ったあとなら、外人が来て何しようが問題ないじゃないと思いました。ちょっとぞうさんのすべり台が気になるかも知れませんが、その辺はなんとかパーティションとかで遮って、それなりの空間を作り出すのはそれほど難しくないと。チェック。
その後 あっちゃらこっちゃらで「ああ、この店懐かしい」とか思いながら歩き回りました。疲れたので、今が旬の英会話喫茶ならぬマンガ喫茶へ。15分105円でドリンクフリー。インターネット&眠ったり。これ、もし俺が営業マンだったら絶対利用する。
その漫画喫茶は、道端に入り口の地下で、まるでお化け屋敷の入り口の様に真っ黒な壁でした。これはすっげー怪しい。そう僕は思いましたが、わりと自然に入れました。これは「マンガ喫茶」なるものが、世に認知されていてどう言うものか分かっているから(以前にも入った事あるし)です。多分そうでなかったら入りませんでした。その時、それ程「初めて入る」と言う行為にハードルが多いのだと実感しました。
よく言われます。「英会話喫茶って聞いた事あるけど、怪しいから行けない」「一人じゃ無理」
そうか。こう言う事だったのか。
そうすると入りやすさがいかに大切か。E-townでも聞きました。ビルの前まで来て帰ってしまう人、エレベーターで8階まで来たのに、覗いて目が会うと逃げた人達。そうか。そう言う事なのか。
見れば、駅の付近のお店はみんな中が見えるようにガラスの壁。昔怪しいなと思っていたビブレ地下の真っ黒な壁の中の喫茶店ハイチも、ついに観念したか、オープンカフェみたいに改装していてビックリ。世の中政治でもなんでも透明が流行っている様。
45分時間潰しました。コーヒーとコーラ飲んで、インターネットでちょいと調べものして、10分横になって(和室の個室だった)315円。すげえコストパフォーマンス。まあ、昼だったから良い部屋だったけど、夜は激混みなのでしょうね。
そんなこんな で、横浜駅周囲をくまなく周ったつもりですが、予想通りこれと言う物件はなく、特に事前にインターネットで調べたデパートの中に入っているようなメジャーな喫茶店は、常に人が入っているし、婦人服売り場の脇にあるようなお店はデパート閉店と共にしまる(8時とか)し、そもそもチェーン店が多い。雇われ店長の一存で中で他の会社の営業活動は無理でしょう。そう言えば、あとで数えたら、横浜駅近辺にスターバックスが5店もありました。結局夕方5時頃家に戻る事にして、その場では一つも交渉に踏み切ることはありませんでしたが、帰ってから各チェックをした店の電話番号を調べて電話してみました。今日の結論とでも言いましょうか。
まず「にっけん」と言う子供教育教室。とりあえず、English G Circleと言うサークルで、英会話の勉強をする場所を探していると言う事に。あえなく撃沈。17時以降は営業が無いんですよね?と言う僕の質問に対して、「ありません」ときっぱり。ではその後場所を使わせて頂けないでしょうか?の質問にも、「そのような事は出来ません」ときっぱり。
会社のシステムで、その時間以降はセキュリティがなんちゃらかんちゃらと、まあとにかく無理ですの一点張りでした。別にいいんだよ、大して期待してなかったし。。。
その後レンタルホールやら貸し室も見つけたものを当たってみましたが、高すぎ。カラオケボックスは電話する気も起きず、いよいよ喫茶店です。チェックできたのはたった2件。天理ビルの先の橋を渡った所と浜ボールの1階にあったところ。地図で調べて見ると、どちらもJRの駅からは同じ位の距離です。行き方も分かりやすい。僕の中では橋を渡った「You」が本命でした。そこでコーヒーを飲んでみようか、と入り口付近で躊躇した位です。
「よし、Youは後回しにして、まずはサンエコー(浜ボールの1階)で練習だ。」
そう思った僕はまずサンエコーの電話番号を調べてTEL。
「はい、」
「あの、サンエコーさんですか?」
「は?」
とてもぶっきらぼうなオバさんの声です。まず名乗りません。
「あの、そちら喫茶店のサンエコーさんですよね?」
「ああ、はいはい」
ようやく理解。
その後の会話はいちいち書きませんが、「これが客商売の応対だろうか?」と思わざるを得ないオバはんでした。しかし、僕が、
「夕方6時から夜9時くらいの間、6人席二つほど使って、英会話の勉強会みたいなのをしたいのですが。まあ、フリートーク、あ、いや、単にお喋りをするだけなんですがね。お金取りますが」
と説明すると、
「ああ、その時間はヒマだから全然大丈夫よ。昼はサラリーマンとかが来て忙しいけど、夜はひまだから」
と速攻OK。あんた使用人じゃないのか?(ここがちょっと不安)。
「え、平気ですか?」
「ええ、何時でもどうぞ。あ、でもコーヒーとか頼んでくれるわよね」
「ええ、もちろん」
実は内容が上手く伝わっていないんじゃないかと思うくらいあっさりOKでした。
僕の構想 では、コーヒーとかドリンクは一杯は自分で頼んでもらって、でもその分多少時間料金が安い形で考えていました。例えば、コーヒーを400円で頼むけど、1時間800円。1時間なら1200円でチョイ他より高いけど、場所と内装とかで勘弁。あとちょいとレッスンめいた内容も入れていくつもりですし。2時間いたら2000円で普通の値段。(まあ1時間は水ばかり飲む事になりますが)。でもこれも店との交渉次第で、融通が利くかも。
その店では平日は昼間は忙しいけど、夕方以降はあまりが客いなくて、56席もあるので10人や20人は全く問題ないとの事でした。しかも土はヒマ。日は休みだそうです。(日曜休みって事は、1日コースで借りきれるじゃん)と思いました。いやあ、あまり期待していなかった所で思わぬ結果。行って良かった。ふー。
その後、本命の橋を渡った所の喫茶店にTELしました。そこは営業時間が夜8時までと言う事でした。ちょっと早過ぎます。まさか2テーブルのために1時間営業時間を延ばす事は無いですよねぇ?と思わせぶりに聞いたところ、「まあ、それはちょっと無理かも知れません」と言われてしまいました。
まあ、 こんな風に僕は1日が終わったと思い、ビールを飲みながら今この文章を書いているわけです。営業をやっている頃散々言われた事ですが、
「やってみなくちゃ分からないんだよ!」
と言う上司の言葉が思い出されます。とかく僕みたいな頭でっかちな人間はやる前に予想して、勝手に結論を出しがちですが、本当にやってみると必ず予想外の違うものが見つかるのですよね。確かにやってみて、やっぱり思った通りだって事もありますが、それでもやってみた結果か、勝手に考えた結論かは他人への説得力も自分への確信も大きく違います。
そう言うと、Hさんの言われる「歌声喫茶」案には全く行動を示さずに決め付けてしまって、申し訳ないのですが、いろいろな意味でリスクが大きいので。。。すみません。
その7・・・養老保険
「ええ?! そりゃ無理だわ。無理無理。いやあ、それは無理よぉ!」
初めはあれだけ乗り気だったおばさんは、声高に無理を連発しました。
30分余りの説明で、僕はかなり○○エコーさんに有利な利益になる提案をした積りでした。毎日20人以上の客が見込めるだろう事、内装は僕の方の費用できれいにする事、休みである日曜は一日1万円で借りる事。どれもプラスになる事ばかりだと思いました。その代わり看板を出させて欲しいなどの要望もありました。
しかし、おばさんはそれを聞いて次第に難色を見せました。と言うよりきっぱりと断わってきました。何故かというと、そのおばさんは店の責任者ですがオーナーではなかったのです。つまり僕の説明で、自分の店が乗っ取られるような感じがしたに違いありません。
前日には協力者のAさんにも来てもらって、一緒に見ながら場所的に1階というのが良いし、中は見えるし、悪くないのではと言う事で交渉に来たのでした。
その後数分説得を試みましたが「それならどこかご自分でお店を借りたほうが良いんじゃないですか?」と。
(それが出来ないから相談してるんじゃん)口には出せませんでした。
「私、ちょっと予定があるからこれで」
とおばさんは席を立ちました。
(おい、ちょい、待て!)口には出せませんでした。
「うーん」しばらく僕は頼んだアイスコーヒーをすすりながら考えました。基本的におばさんが店を任せられているでしょうから、オーナーを探して直談判したところで、おばさんに相談するでしょう。
ちなみに以下が僕の提案内容です。誰か喫茶店を経営している人が読んでいたら連絡を。
興味ない人は飛ばして下さい
その後 カラオケボックスなどもチェックしました。Hさんのご提案で、最近カラオケボックスが不調なので、その空き部屋を利用して昔の「歌声喫茶」的に歌で英語の勉強をしてみてはどうか、というメールに返答しかねていましたので。たしかにカラオケボックスは夜9時以降がメインで、その前は平日は空き部屋はあるようです。
しかし、歌声喫茶 - ご存知無い方が多いと思うので、簡単に説明します。昔(今から40年以上前だと思います)流行った喫茶店の種類で、みんなで唄を歌う事が目的で来ます。ロシア民謡などを歌ったと僕の母は言ってました - の文化を僕等は知る由もなく、かなーり抵抗感があって(知ってるもの同志ならともかく、初めては)、誰も来ない気がしました。
それ以前に横浜駅近辺のカラオケは、そんなヒマではないらしいです。金土は早くからいっぱいだし、平日でも7時くらいからは十分入ってるらしいです。(ってか想像ですけど)。
歌声喫茶的に英語をやるのは、イベントとしてはいいかも知れませんが、毎日は無理な気がします。(やってないから分かりませんが)。レッスンに至っては他の部屋で歌って盛りあがっている中、不可能です。
○○エコーさんの特典
1日15人から20人の夜の時間帯の客(オーダー)が増える。
宣伝をかなりするので、○○エコーさん自体も宣伝になる。英会話サロンと言う事でも話題になると思います。こちらのお客さんとしてでなくても見にくるお客さんも多くいるはず。
休みである日曜に、定期的な利用料が入る。
18:00からの人件費の節減(うちらが働く)。
内装の改装費用が浮く(こっちで出す)。
こちらからの要望
平日はテーブルを3つ(各6名分)を 18:00から21:00まで占有させてください。占有コーナーを作る(日中は通常営業で使ってください)。
占有コーナー内に教材試聴用の棚を設置したい。あとテレビモニターも。
土曜は午後13:00より21:00まで。
ラウンジのお客様は通常通り飲み物を注文します。(1日当たり15から20人の見込み)
テーブルにお菓子を置かせて欲しい。
会計は喫茶と英会話サービスを別々にする。
レジを別に置かせて欲しい。(コーナーの所に場所が欲しい)。
日曜も使いたい。(条件応相談)。
(日曜はフリードリンクで1000円/h)
レッスンテーブルは注文なしにして欲しい。
テーブルホストはコーヒーおかわり自由でお願いします。(2杯分支払う)
月に一回、土か日曜にパーティーを行いたい。
外に看板を出させて欲しい。(昼間でも宣伝のため)。
内装を一部変えたい(費用はこちら負担)。
スタッフは(特別時給500円とかで?)店員としても働きます。(これは要検討:テーブルに付く事も考えられる)
ポイントカードシステムを入れたい。
ドリンク半額券を発行します。差額は券と引き換えにてこちらで支払います。or
ドリンク無料券を発行します。販促用なので割引き価格にて提供願います。
ポイントをドリンク券にも換えられる。(こちらで支払います)。
電話は別途敷くか、または同じにする場合の対応をお願い致します。
基本的に1年ごとに、契約内容を見直す。
■やむを得ない理由で引き上げる場合の改装費用負担は時価として基本的には話し合いにより決める。
例)
○○エコーさんの都合により1年以内で引き上げの場合半額
1年以内でこちらの都合により1年以内で引き上げの場合20%
2年目以降○○エコーさんの都合による場合30%
2年目以降こちらの都合により引き上げの場合10%
3年以降はどのような場合でも改装費の負担は全額こちら持ち
その後僕は別の喫茶店もあたろうかどうか迷いました。しかし、どうも同じ結果が待っていそうで、行く気になれませんでした。残るは秋葉原のカラオケバーか。考えて見ると、だいたい他人の店の中で商売やろうと言う事に無理がある気がします。
帰ってから何も案が浮かばず、2日ほど何もせず布団の中からほとんど出ずで寝てばかりいました。
「おんちゃん おんちゃん、わたしちょっと郵便局行ってくるから。これ崩してくる」
3日目の朝、そう言って母親は僕にある紙を見せました。母は未だに僕の事をおんちゃんと呼びます。
「何これ?」
「あんたの養老保険」
「ああ、いつか言ってたやつ?」
なんか去年郵便局の貯金で保険が付いてくるみたいな話をしていたのを思い出しました。
「崩すって、解約?」
「そう」
金額を見ると108万円です。これは僕名義のお金として僕が保険に入っているものでした。本来20年後に満期が来て幾らかお金が貰えるやつです。
「マジで?それって俺のため?いいの?」
「だってあんたがあんまり落ち込んでるから。・・・でもこれだけよ」
いや、なんとこんな隠し玉があったとは!「ありがとうございます、お母上」って感じでした。
銀行関連の書類以外はすでにそろっていました。以前に資産を親が買ってくれたらそれで資本金が出来ると思っていたからです。しかし、最終的には銀行に資本金を預けて、その証明書を出してもらわなければなりません。それにも52500円もかかりました。
現金265万円を3つの通帳からかき集め、出所が分かりにくいように、あちこち振り替えたりしました。それを見ながら銀行の融資担当の人は、
「あの、これは全部社長の口座ですか?」と尋ねました。
「・・・しゃ、社長?」
一瞬僕は辺りを見回そうとして、それが僕であることに気がつきました。
「あ・・・そ、そうだよ、君ぃ!」
ってな感じで思わず声が上ずってしまいました。生まれて初めてキャバレーの呼び込みのおっさん以外の人に社長と呼ばれた瞬間でした。うれしいよりも恥かしいと言うか、こそばゆい感じでした。
俄然やる気を取り戻した僕は、与えられた条件でどこまで何が出来るか考えました。そう、やはり自分の店を持つ事に拘りがありました。その為にはお金を借りなければならない。公的な融資を受けることです。しかし個人で一度断られているので、法人にするしかありません。しかも1円起業ではなく、ちゃんと300万円の資本を持った有限会社。 いろいろ計算してみました。養老保険は、保険として使われた分があり、残りは95万円でした。そして僕の手元にあった現金は40万くらいでしたか。交渉の末、無利子無期限で親から120万円借りました。計255万円。あと45万です。それと会社設立には全部書類を自分で作っても20万ほどかかります。と言うことであと65万。
そこで現物出資と言う方法を使いました。現物出資とは、その名のとおり物で出資するのです。僕の持ち物の車やパソコン、オーディオ機器などです。使えそうなものを全部現物出資として会社に納めることにしました。その合計、なんとたった35万円。勝手に値段は付けられるのですが、相場にあっていない場合はそれを指摘されるので、大体の相場の値段です。あとの残りはまあ、いろいろとかき集めました。
かくして、僕はやっと会社の設立に漕ぎつけたわけです。かなり無理やりと言えるでしょう。ここまで強引にやって来れたのも、沢山の方々が直接またはメールを通して応援して下さったからです。何人かの人はこの内容を読んで、「多少だったら投資しましょうか」とか、「知り合いのベンチャーキャピタリストに紹介してあげましょうか」とありがたいご提案を頂いたりしました。しかし他人様のお金を預かる事になると、逆に責任と不自由さが避けられないので、できたら自分のお金(借金)でやるべきなのです。でも、もし融資がうまく行かなかったらお願いしますと。
多分一人でやるぞと意気込んでも割にすぐ挫折してしまったに違いありません。逆に引けなくなってしまったのもありますが、それは僕がそれを選んだのです。
その8・・・準備
その後 は破竹の勢いで融資に関する資料や相談、また会社設立後にしなければならない各種手続き、さらにあらためて物件を探しました。
「そうか、名刺とかも作らないとな」
頭の中では肩書きである「代表取締役社長」がちらつき、それがなんだか少し詐欺のような感じがしました。しかしながら、まだ店の住所も決まってませんし、ホームページのドメインも決まっていません。PHSも携帯に代えるつもりだったのでそれらがそろってから作ることにしました。
いろいろ途中経過はありましたが、会社の設立は無事済み、母親も、
「これで、何か悪い事しても「38歳無職」ってテレビで言われなくて済むね」
と喜んでいました。
いよいよ銀行に融資の相談に行くとき、舐められないように久々に背広を着ました。僕は背広は堅苦しくて嫌いなのですが、このときばかりは1年半ぶりくらいで、背筋がしゃんとしました。歩き方も変にキチキチとしてしまい、一寸の隙もなく、ロボットのようで左右にぶれたりしませんしキョロキョロもしません。まるで自分が有能な人間であるかのように視線もするどげです。
実際問題、普段の格好と背広では周囲の応対も違いました。特に不動産屋とか。これは仕方のないことなのでしょうか。確かに僕も同じ人がジャージ姿と背広では明らかに違う印象を受けます。そう言えば道端でティッシュを配ってるのでも、長髪のラフなカッコのお兄ちゃんより背広姿の人の差し出すティッシュを受け取ってしまいます。
さらに 僕はバイトを探しました。定収入の確保のためです。友達には社長がバイトかよ、と言われましたが、最初のうちは、自分の給料はないと思ったほうがいいと言うのが定説で、当面の生活費はとっておくべきなのです。しかし僕にはその余裕がないので、その分働くことにしました。と言うか母親が毎日無料のアルバイト情報誌を持って帰ってきて、僕に渡すのでそういった発想になりました。
まず目を引いたのはバーテンダーでした。やはり夜中の給料が良いので、英会話サロンが終わってから夜11時から朝までできる仕事にしようと思ったからです。僕は学生のころ5年間(一年休学含む)ずっとバーテンダーをアルバイトでやっていました。朝昼逆転の生活にはちょっと抵抗はありましたが、どうせやるなら面白そうな事と思ったのからです。
問い合わせた結果、フルタイム(夕方から翌朝まで)で働ける人を探しているとの事でだめでした。 「うーん、そうだなぁ。飲食関係は結構ハマるから止めといたほうがいいかも」
と考え、他のものを探しました。絶対かわいいウエイトレスの子とか居たり、人がいないから頼むって無理やり駆り出されたり(経験上)。
そこで目に止まったのは「ポスティング」でした。
「これだぁ!これなら一石二鳥だ」
僕の頭に一つの名案が浮かびました。そのポスティングの仕事とは、横浜近辺の各会社や家庭のポストにチラシを入れる仕事です。1日1000枚ほど配ります。
つまり、僕は「自分の店のチラシも一緒に配ればいい」と思ったのです。どうせ配るなら1枚も2枚も大した差はありません。バイトをしながら自分の店の宣伝が出来ちゃうわけです。正に一石二鳥のバイトです。
さっそく履歴書を持って面接に行くと、2,3の質問のあと、
「じゃあ明日から時間のあるときに来て。好きな時来て、好きなだけ配っていいから」
と即採用でした。
以前狙っていた、東口歩いて1分の道路に面した2階の物件はすでにどこかが入っているようで、内装工事が始まっていました。しかし、今度はそのビルの5階が空くという情報をもらっていました。5階となると、下から様子が見えないので入りにくいのではとの危倶もありましたが、僕はしたから見上げていて、ある事に気づきました。
「もしかして、あの窓からMM21の夜景が見えるんじゃないの?」
しかし、目の前に高速道路が走っていて、その風景は微妙でした。もしかすると高速道路で隠れているかもしれません。ちょっと離れたところまで行ってみて高速とそのビルの5階とどちらが高いか見てみました。ちょっと5階の方が高い気がします。
「うーん」確かめたい。
MM21の夜景があの広い窓から見渡せたら、それは大きくプラスです。とりあえずビルの5階まで上がってみる事にしました。人気があまりないそのビルで、ちょうど僕がエレベーターに乗るとき、一人の女性が一緒になりました。
「何階ですか?」
「あ、5階でいいです。」
その女性はどうやら僕が狙っている物件に今入っているブライダル会社の人のようでした。エレベーターを降りて、僕がとても不自然(そのフロアには店がそこしかない)なので、思わずその女性に聞きました。
「あのこちらのお店の方ですよね?」
「ええ、はい。」
「5月いっぱいでここを出られると聞いているんですが」
「あ、いえ、ちょっとお待ちください」
そういって彼女は店の中に入って行きました。代わりに出てきたのは、ちょっと小太りの化粧の濃いおばさんでした。
「あ、すみません。こちら、5月いっぱいで出られるのですよね?」
「ええ、そうですけど、お宅どなた?」
かなり不振そうな眼差しです。
「あ、いえ、出来たら次にここへ入りたいと思っている者ですが」
「ちょっとこっち来て」
そう言って化粧の濃いおばさんは給湯室へ手招きしました。
「あのね、うちは客商売やってるんだからそう言うこと店の前で言ってもらったら困るのよ」
(げっ!すげー怒ってる。)
「あ、すみません。ちょっと窓からどんな風景が見えるか確認したくて5階に来てみただけなんです。」
さらにフォロウする積もりで、こんなことも言ってみた
「いえ、あともし宜しかったら、内装がとってもきれいなので、そのまま私の方で引き継げば、御社でも現状復帰費用などかからなくて済むんじゃないかと思いまして・・・」
「どこの不動産やよ」
「え?」
「どこの不動産屋から聞いてきたの!」
「あ、いや、それはちょっと・・・」
「風景だったらそこの窓開けてみてください。あと、何も言わないでいきなり来るなんて金輪際辞めてくださいね!」
「あ、はい、申し訳ありませんでした。」
そう言いながらも窓からはきれいにMM21の風景が見えていました。エレベーターを待つのも気まずかったので、そそくさと階段で下に下りて行きました。
「よし、あれに決めよう」 僕の意思はほぼ固まりました。以前他の階の同じタイプの部屋も見ているので、雰囲気はわかります。ただ、どうしても気になるのが「入りやすさ」でした。まず人通りが少ない地域である事と、ビル自体が引っ込んでいること。また夜はビルの前まで来ても、ビルの1階ロビーが暗く最初は入りにくいだろう事など、かなりダメでした。
僕はそれらを解決するよう、4つの条件付で申し込みをしました。
① ビルの前に電飾看板を置かせて欲しい。
② ビルの1階の照明を明るいものに変えて欲しい(これの費用はこちら持ちで)。
③ ドアを開けた状態にしておきたい。
④ 1階に道路から確認できる案内板を置きたい。
これだけあれば、遠くからは電飾看板で場所を認識できて、ビルの前まで来れば案内板を確認できるわけです。これだけの事を検討してもらう条件で申込書を書きました。あと、融資の関係があったので、解約に関する特記事項を設けてもらいました。(融資申込み前に物件を契約しておくことが望ましいのだが、融資が受けられなかった場合、解約せざるを得ない為)。とにかくへんな妥協はなく、出来るだけ要求はぶつけて行くことにしました。
程なくして返答が帰ってきました。①は無理。②はOK。③はセキュリティ上無理。④も他のテナントの手前無理。ただし、①については、他の店舗からも同様の要求があるので、オーナーさんの方で全店舗を案内する電飾看板を設置します、との妥協案を頂ました。これは上等です。僕としては遠くから場所が認識できればいいのですから。
これで何とか開業計画がまとまりそうでした。さらに僕の中では、暇な昼の時間帯を利用して子供英会話を行う(半託児所的)案が急浮上してきていました。きっとお母さんたちは、3から5歳くらいの子供を何処かに預けて、買い物や何かを楽しみたいに違いありません。その間子供は英会話の勉強をしているとすれば、一石二鳥です。(僕は一石二鳥が好きです)。
この案については、皆さん「良いと思うけど、子供は気をつけないと大変なことになるよ」と言われました。妹に至っては(2歳の子がいる)、絶対無理、と言い張ります。子供は何をするか分からないし、知らない子を1日面倒見るのは不可能と。知り合いの技術の人は、携帯で子供の様子を確認できるようにしたらいい。俺がシステム作ってやるよ、と言ってくれています。他にもここぞとばかりにいろいろなアイデアが浮かびました。
まあ、とにかく夢はどんどん膨らみました。
その9・・・さらに慎重に考えた結果
ここに来て 、今までの僕と大きく違ったこと。それはあるきっかけで酒を止めたことです。そのきっかけについてはここでは詳しく書きませんが、酒絡みである失敗をして、それを反省することをきっかけに酒をピタリと飲まなくなったのです。まだ15日目なので、禁酒中という程度ですが、ここ10年以上入院とか以外で酒を1週間飲まなかった事はありません。通常ほぼ毎日2L以上のビールを飲みました。月に1日飲まない日を作っていた程度でした。
これには両親とも気味悪がっていた様です。「ビール飲まないね」とも言いません。触らぬ神に祟りなしって感じで、お酒のことを口にすまい、言ったら俺がまた飲み始めるのでは。と思っているのでしょうか。僕も殊更何日飲んでないとか言いませんでした。
それにより、時間とお金が大きく浮きました。また確かに体調も良いです。さらにポスティングのバイトで、一日4時間ほど歩くので、運動もバッチリ。本当にあの失敗は僕にとってプラスとなった様です。このままの調子で行ったとしたら、これは僕の人生における革命的出来事です。とても酒を止めるなんて僕には無理な事でしたから(まあ、実は完全に止めるつもりはないですが、もし飲むとしても自制心を持って飲むつもりです)。
そんな僕の姿勢は親には本気になったと映ったらしく、自分の店を持つための行動に対して反対を唱える事がなくなりました。
「いきなり 横浜駅近くに構えるのは無謀では?」「やはりお金を貯めてからにしたほうが」など、僕を心配してくれて「もう少し考えた方がいいのでは」と言う意見のメールを何通か頂いたり、創業している友達(彼の会社は年商一億)の話でもそんな甘くないぞ、それより今は韓国語だ、とか、やはり見ていて危なっかしいだろう僕の創業に関して、忠告をしてくれる人はいました。
「とにかく慎重に行こう」たとえ巧くいかなかったとしても、後で後悔するような形で事を進めたくはなかったので、何度か自分に言い聞かせました。東口の物件の申し込みに行くときも、他の物件が少し頭をかすめ、「やっぱあっちの方が良かったかな」などと思ったのですが、もうそこへは引き返すことは出来ません。
そんな折、不動産屋からの電話がなりました。
「あの、矢田さん。実は先ほど連絡が入ったのですが、オーナーさんの方で電飾看板を作りますっていう話なんですが、あれ、無しになりました」
「ええ?何でですか突然?」
「どうやらビルの前の土地はオーナーさんのものではないらしいんですよ。河川の関係で、国土交通省の土地らしいんです」
「ああらら、それじゃ仕方ないのか・・・」
しかしそれではあの暗い道に目印が無いので、かなり来にくくなると思われます。
「では、1階ホールに案内板を出すのは?」
「いえ、それもダメです。どうやら看板の類は一切出せないと言ってきているんですよ。なんかオーナーさん直に別の引き合いが来ているらしくて、そちらは看板とか要らないと言ってるらしいんです」
「でも看板とか案内がなきゃ、どこか分からないですよね」
「ええ、そうなんですが」
僕はその時、少し考え直すいい機会だと思いました。本当にこのまま行ってしまって良いのか、ちょっとだけ引っかかっていたのです。本当にあの物件がベストなのかどうか。増して看板などを一切出せない条件だとすぐには判断できませんでした。 「そうですか。ちょっと考えさせてください」
そう言って電話を切り、今一度あの物件が最適かどうか検証してみようと思いました。高くても良い場所、逆に遠いが安い場所などもあるかも知れません。駅前でもまずいラーメン屋では食べないし、おいしいと評判のラーメン店なら、少しぐらい駅から歩いても行く訳です。
その日の晩 インターネットで横浜近辺の物件を三度洗い直し、候補をピックアップしました。
次の日は土曜日で、不動産屋も休みのところとかがあったのですが、幾つかの連絡が取れ、条件や建物を見たりしました。以前と差ほど変わりなく、また以前いいかなと思っていた物件はもう決まってしまっていました。また土曜、日曜は物件を管理する会社が休みらしく、鍵がないので中を見ることは出来ませんでした。
まず広さが丁度良い物件がなかなかありませんでした。15坪ほどのものが良かったのですが、8坪くらいか、大きくなると30坪以上だったり。西口にこれは良いかもと思ってチェックしていた物件の建物を見に行くと、そのビルの前はピンク映画館、となりはソープランドでした。
土曜、日曜と横浜近辺を調査しました。結局良い場所は高く、しかも駅から3分圏内は西口では皆無と言ってよい状態で、まったくこれと言う物件は見つかりませんでした。そして最後は必ず東口のあの物件のところにやって来るのです。もう多分20回以上は足を運んだでしょう。始めのころはちょっと寂しくて来辛いかなと思っていましたが、慣れたら近いし静かなのが逆に良い気がしました。5階を見上げました。「あそこの窓に英会話の文字があれば、場所は認識できるよな」
思ったより5階は近かったのです。案内板がなくとも、ここまで来れば分かるはずです。
そしてこの前怒られたばかりなのに、また5階に上ってしまいました。ブライダルの会社は日曜なので休みです。廊下の窓を開け、道路側を見ると相変わらずMM21の風景が、少し夕焼け色に染まって見えました。
「やっぱり、ここだ。ここに決めよう」そう思いました。
「ええ、はい、分かりました。では、基本的にオーナーさんの条件で良いと言うことで。それではリオさん(さらに仲介業者)にオーナーさんに伝えるよう連絡してみます」
西口不動産担当の人はそう言って電話を切りました。それから5分ほどでPHSが鳴りました。
「あの、矢田さん。どうも別の方の申し込みが入って、そっちに決まったそうなんです」
「へ?決まった?」
「いや、まだ正式に契約はしていないそうなんですが、ほぼ決まりだと」
「な、何ですか、それ?だって、僕が先に申し込み出して話し合っている最中じゃないですか」
「いえ、そうなんですが」
そんな事は困る、僕はそこで声を荒げました。
「そんなのおかしいでしょ!もう一度オーナーさんの条件でいいから話を進めてくれって言って下さいよ!」 まさかと思っていた事が起きました。
「あ、はいもう一度連絡してみます」
その後しばらくして不動産屋からまた連絡がありました。
「やはり、もう決まったも同然で・・・」
「だって、そんなのおかしいでしょ。僕のが先に申し込み出してて、内容もOKもらってるのに」
「そうなんですが、矢田さんの方では看板などの条件があったじゃないですか。あちらは無条件だそうで」
「だから検討させてくれって言ったでしょ!」
「いえ、ですからあちらさんの条件の方がオーナーさんは良かったと言う事だと思うんですが・・・」
「だったら、何のための申し込みなんですか!そんなんだったら、申込書なんていらないじゃないですか!だいたい最初から申込み者何人か集めて、その中から決めるって話だったら分かりますよ。でもそうじゃなかったでしょう!」
僕はかなり声を荒げていました。考えに考えた末の結論なのです。
「だいたいそんなの同義的に変だよ。中古車買おうとして商談してて、エアコンをつけるかどうか検討してる間に、途中で来た別の客に売っちゃいましたって言うのと同じでしょ?変じゃない?」
「ああ、いえ済みません。そうなんですが、いろいろ行き違いがあったみたいで。途中で私どもリオさんの担当が入っていたりして」
「ああ、そうでしょう。お宅とリオさんの担当者が入って、僕の言うことがオーナーさんに伝わるころにはニュアンスが変わってるかも知れませんよね。でもね、貸し手と借主の行き違いをうまく調整するのが不動産屋の仕事じゃないの?えっ?!」
その後しばらく無言でした。今考えると恐らく向こうは(あんたがモタモタしてるのがいけないんじゃないか!)と心の中で叫んでいたのではと思います。営業マンの辛いところでしょう。
しかし 、それにしても慎重に考えて、考えている間に、こんな結果になりました。人生うまく行かないものです。その後、もう無駄なのは分かっていましたが、どうにも腹の虫が収まらず、いろいろ毒突いてしまいました。オーナーにすれば、新規創業の会社で契約も特別条項つきの借り手より、ちゃんとした会社のゴタゴタ言わない借り手のほうが良いでしょう。しかし、これで全ての計画が元の黙阿弥になりました。現状、他に候補物件はありませんでした。その時の僕のガッカリ具合はご想像にお任せします。
その10・・・捨てる神、拾う神
前回 とってもがっかりした話で終わったまましばらくアップしていなかったので、その後の経過をお話します。期待させといて、またがっかりで終わるのはちょっとなとか思って、実は一段落ついてから書こうと思ったのですが、一段落つくにはもう少し掛かりそうなので、経過をそのまま報告します。
物件探し において、僕の頭は東口の駅に近いところに集中していたのですが、申し込み審査中に他の申込者に決められてしまったと言うあまり類を見ない(他の不動産屋さんに話したところ、そんな事は普通しないと言ってました)形での対応をされた事で、すっかり諦めがついて完全に他に目を向けることができました。例向こうの客がキャンセルしてきたと言ってきても僕はもうその物件には戻らなかったでしょう。
誰が悪いのか。一番頭に来るのはオーナーです。僕の希望を初めOKだと言いながら、他の申し込みが来たらやっぱり無理だと言いだした上に、話し合い最中に他に決めてしまったのです。熊沢永代ビルって言うところですが、そのとなりの横浜プラザホテルのオーナーでもあります。そこはとんだ赤字らしくて、ホテルはもう売買対象に上がっているらしいです。まあ、もうじき潰れるかも知れません。そうすると、物件に入っているテナントは保証金などが帰ってくるか分からないらしいです。売られるだけなら、次のオーナーは通常テナント受け負う条件になるそうですが、倒産したら競売にかけられたりして、一銭も戻らずに退去という恐れすらあります。よく考えたら入らなくて良かった、良かった。
あと、それをまったくコントロールできていない仲介業者の不動産屋もダメです。
「仲介」- 接話し合うことの困難な両者の間に入って話をまとめること。また、その役。仲立ち。by Goo 辞書。とあります。
両者の間に入って話をまとめる役が全然お互いの話を伝えたり情報が入っていないのです。不動産屋とは入居後もオーナーとの話し合いにおいても付き合っていく訳ですから、その仕事振りも影響してきます。僕が話していたのは西口不動産ってところですが、そんな風だったのでもし今後の事を考えると、いつこう言ったトラブルになるか分かりませんでした。早く分かって良かった。めでたし、めでたし。
まだちょっとムカついているので、名指しにしてやりました。これ見て文句言ってくるなら来やがれ!俺は嘘や間違ったこと何も言ってないぞ!とまあ、人間誰しも自分に不都合な事が起こると、それを何とか良い方向に捉えようと努力したりするのですが、今となっては本当に良かったと思っています。つまりもっと良い物件があったのです。
やはり 横浜は西口です。それも一番人通りが多く栄えているVIVREや東急ハンズがある方(高島屋の裏の方)が良いのです。しかし、その辺は以前調べてみて家賃的に全然合いませんでした。と言うか空いてません。かと言って天理ビル辺りはもっと高く、鶴屋町方面(北西口方面)では、小汚いビルが多く、英会話にとってはちょっと環境的に良くない感じです。東口も含めてあちこち当たっていると、PHSに一本の電話が入りました。どこだか知らない(と言うか忘れてしまった)不動産屋からでした。
「以前お話してました6山京ビル、共益費込みで22万円になります」
との事でした。20万超えるとちょっと厳しいと話をしていて、そこは26万円だったのでボツとしていました。しかし22万となると話は別です。ちょっと奮発すれば、と言うか、その物件で月の売り上げが10万円上がったら全くOKな訳です。結局その電話があった不動産屋さんの前に大元締めの不動産屋から紹介を受けていた物件なので、そのことを話して、最初に紹介してくれた所に話しました。同じ条件を出してくれました。
駅から 歩いて4分。ちょっと離れてるかなと思いましたが、近辺を見渡すと人通りがとても多い。夜遅くまで栄えていて、治安も悪くない地域なので女性一人でも来れます。さらに子供連れのお母さんも何組か発見。子供英会話もOKです。周囲にはVIVRE、ハンズのほか、ビックカメラやヨドバシ、複数の有名ラーメン店や小さなブティック、エステ、シャレた雑貨屋さんなどや、遊びに関しては居酒屋やカラオケボックスにボーリング場と軒を並べています。そう言ったところに足を運ぶ人たちで、英会話が好きな人もいるはず。
そして何より部屋が広いです。18坪以上あって、前の東口の物件より6畳間ひとつ以上ある訳です。さらにビルがきれい。内装費を相当見ていましたが、壁や天井についてはそのまま使わないともったいないくらいです。部屋の図面を引っ張ってみたのですが、もしかして、大繁盛とかしちゃって、テーブルや教室を増やしたいときがあったりして、そんな時に十分増やせるスペースがあるのです。 とまあ、またも頭の中で妄想が先行しておりますが、まだ審査を通るかどうかわかりません。僕の場合、ほんとに制約が多くて、オーナーさんは超大型外資企業の資本が入っているとの事で、審査は厳しいと言っていました。ちなみに今度の担当者は、かなりきちっとした人で、前みたいな変なことにはならないと思います。この賃貸の審査が通っても、その後融資と言う最難関が待ち受けています。道はまだ遠いな。
蛇足 ですが、最近は天気が良い日は例のポスティングのアルバイトをやっています。やりながらもしサラリーマン時代の知ってる人に会ったらいやだな、とかも思いますが、一番いいと思える事は何と言っても歩く事です。最近は慣れてきて、1000枚配るのに3時間ほどですが、歩きっぱなしです。(さらに配る場所までも歩くし、終わってから横浜までも歩きます)一体1日何歩くらい歩いているのだろうと思って、試しに親父の万歩計を借りて今日付けてみました。家からバイトをして横浜で買い物をして、帰ってくるまでです。何歩だったと思います?確か、健康のため、1日3000歩は歩きましょうって聞いた事があります。
見てビックリ。何と[21,575歩]でした。そのお陰か、スタミナもついた様で、今日水泳に行って1kmノンストップで泳ぎきりました。お酒を止めたのも大きいでしょう。体重も2キロほど絞れ、体脂肪率も3%減。たった1ヶ月でこうも違うのかと思って、健康オタクになりそうです
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