その4・・・献身的な方達(2)

多くの独立する人達 は、それまでやってきた仕事や人脈を生かして独立するわけです。でも全く違う道に行きたい人はどうすれば良いのでしょうか。人はみんな正しい道を歩んでいるわけではないです。今までとは違う道に行こうとした時、どうしたらいいのでしょう?やはり一から始めなければ上手く行かないのでしょうか。
何度か、アパレル業界からラーメン屋に転職して成功している話をテレビで見ました。全く違う世界への転職です。わずか1年とかでちゃんと営業し、沢山のお客さんを掴んでいます。恐らく、それはセンスだと思いますし、またアパレル業界に居て尚、ラーメンに対する執着と言うか、こだわりを持って来た人びとだと思います。それはそれで下積みがあるのか。。。話がまとまりませんでした。
とにかく、僕に必要なのは「プロフェッショナルな中身」なのです。合宿をやってきましたが、基本的には講師任せで、メソッドはある程度ありましたが、それを上手く生かすだけの教育が徹底していなかった事と、もっとスペシャルなメソッドを採用するべきなのです。

その日 僕は他の可能性を求めて新たな物件探しをしました。何件かの物件がありますよとの電話越しの女性の声につられて雨降りしきる中、横浜駅近辺のある不動産屋を訪れました。僕の中では東口付近の物件に決めていましたが、他も吟味しなければと思い、その他の物件探しでした。
雨の中、訪れた不動産屋さんは、「ご案内致します」と女の子が傘をさして外へ出て行きました。僕はその時、物件を見せてくれるのだろうと思っていました。
そこからすぐ近くの大きなビルの1階の入り口から中に案内され、「よろしくお願いします」と次の女性にバトンタッチ。
「こんな立派なビルの物件か?」でも駅からはちょっと遠いです。
「こちらでお待ち下さい」
応接ソファに座らされ、待っているとちょっと頭皮が薄くなった感じの、でもかっぷくのいいオジさんが登場しました。
「どうも」
そう言って名刺を差し出されました。「○○プランニング代表取締役社長 ○○○則」と。
結構大きなビルと建て構えの事務所でしたが僕は、「ああ、こんな大きな会社でも不況で社長さんがヒマなのかなあ」と思いました。その後その社長さんは何件かの物件の資料を僕に見せましたが、あまり僕の意に添ったものは無く、一件、見てみようかなと言う物件があり、それを社長の車の運転で見に行く事になりました。確かに横浜駅から4,5分、でも寂しい通り。でもって古ーい感じ丸だしで、しかも2階に他の英会話教室が入っていました。
「これ、無理ですよ。英会話教室入ってるし。。。」
「あらあら、そうだな」
と社長も納得し、取りあえず事務所に戻る事にしました。
その社長は創業17年。一代で大きくして、来年は上場しようと言う結構大きな会社の社長さんでした。事務所に帰ってから2時間くらい、話をしました。社長さんは大学時代ESSに居て、英語は達者な様です。賃貸のみならず、海外の輸入住宅も手がけていて、かなり仕事で海外に行かれている様でした。恐らく僕より英語は達者でしょう。その社長の言われる事で、大変合っていると思えた事がありました。「本物の創業者は、100%にだけ賭けるんだ」と。最初僕はそれを聞いて、
「それはローリスクローリターンじゃないですか」
と言いました。100%に賭けるのなら誰でもできる(現実には100%はあり得ないが、自分の確信の中で)。でもその結果得られるものはほんのわずかな物だと。冒険が必要ではないかと。

僕の理論 は、危険なき事に得る物少なし、と言う事でした。虎穴に入らずして虎子を得ずですか。それを恐れては何も出来ない。ハイリスクハイリターン。これが人生における賭けだと言うある種の僕の「美学」だったのです。
しかし社長は言います。今までどれだけそう言って失敗している人間を見てきたか。職業柄、客には事業主が多く、その人達の行く末も見てきているのです。僕のような考えの人間のほとんどが失敗し、悲惨な行く末をたどっているのを見てきているのです。
さらに社長は言います。自分が本当に100%成功できる事に賭けて、少しずつ成功して、それを積み重ねて行く事が出来る人間が真の事業者だ、と。そう聞いたとき、僕はそれは正論だと思いました。その社長の言う100%とは、言葉のニュアンスから言えば、自分が100%確信している事に賭けると言う事だと思います。

その社長 は今の事業を始めたとき、7坪の店舗で始めたらしいです。その時既に家族が居て、それを養って行くに十分な蓄えがあった状態でした。
僕は蓄え何てほとんどないです。それでも駅からすぐ近くの15,6坪の店舗を構えようと思っています。家賃で言えば多分3倍でしょう。そう言った始め方に社長は疑問を持って接してくれました。よく言われるのは「小さく初めて大きく育てる」と言う創業手法です。それは自己資本が少ないなりに始めて、大きく育てるビジョンを持つ事でしょう。
母親に言われた事も多分同じ事なのだと思います。親父が商売を始めてから会社がそれなりに軌道に乗ってきた過程を肌で感じているので、それを僕に分からせたかったのでしょう(父は49歳でくも膜下出血で1級身体障害者になって、しばらくして会社も潰れました)。母の言う事はその時には全く理解できず、「まああなたはそうかも知れないけど、俺は違うよ」と思っていました。しかし、不動産屋の社長の話を照らし合わせて考えると、母の言いたい事が理解できる気がしました。でも僕の計画は簡単に変える積りはなかったのです。いろんな意見があって、みなそうかも知れない。でも僕のケースはそれと同じではないし、やって見なければ分からない。その気持ちは確信にはならず、わだかまりの中で、ぐるぐると回っているだけでした。「でも俺は違う」と何度も空回りの様に言い聞かせていました。
そんな所に来て、ある日母親が思いつめた表情で、「やはりお金は出せない」と言いました。
