その9・・・さらに慎重に考えた結果

ここに来て 、今までの僕と大きく違ったこと。それはあるきっかけで酒を止めたことです。そのきっかけについてはここでは詳しく書きませんが、酒絡みである失敗をして、それを反省することをきっかけに酒をピタリと飲まなくなったのです。まだ15日目なので、禁酒中という程度ですが、ここ10年以上入院とか以外で酒を1週間飲まなかった事はありません。通常ほぼ毎日2L以上のビールを飲みました。月に1日飲まない日を作っていた程度でした。
これには両親とも気味悪がっていた様です。「ビール飲まないね」とも言いません。触らぬ神に祟りなしって感じで、お酒のことを口にすまい、言ったら俺がまた飲み始めるのでは。と思っているのでしょうか。僕も殊更何日飲んでないとか言いませんでした。
それにより、時間とお金が大きく浮きました。また確かに体調も良いです。さらにポスティングのバイトで、一日4時間ほど歩くので、運動もバッチリ。本当にあの失敗は僕にとってプラスとなった様です。このままの調子で行ったとしたら、これは僕の人生における革命的出来事です。とても酒を止めるなんて僕には無理な事でしたから(まあ、実は完全に止めるつもりはないですが、もし飲むとしても自制心を持って飲むつもりです)。
そんな僕の姿勢は親には本気になったと映ったらしく、自分の店を持つための行動に対して反対を唱える事がなくなりました。

「いきなり 横浜駅近くに構えるのは無謀では?」「やはりお金を貯めてからにしたほうが」など、僕を心配してくれて「もう少し考えた方がいいのでは」と言う意見のメールを何通か頂いたり、創業している友達(彼の会社は年商一億)の話でもそんな甘くないぞ、それより今は韓国語だ、とか、やはり見ていて危なっかしいだろう僕の創業に関して、忠告をしてくれる人はいました。
「とにかく慎重に行こう」たとえ巧くいかなかったとしても、後で後悔するような形で事を進めたくはなかったので、何度か自分に言い聞かせました。東口の物件の申し込みに行くときも、他の物件が少し頭をかすめ、「やっぱあっちの方が良かったかな」などと思ったのですが、もうそこへは引き返すことは出来ません。
そんな折、不動産屋からの電話がなりました。
「あの、矢田さん。実は先ほど連絡が入ったのですが、オーナーさんの方で電飾看板を作りますっていう話なんですが、あれ、無しになりました」
「ええ?何でですか突然?」
「どうやらビルの前の土地はオーナーさんのものではないらしいんですよ。河川の関係で、国土交通省の土地らしいんです」
「ああらら、それじゃ仕方ないのか・・・」
しかしそれではあの暗い道に目印が無いので、かなり来にくくなると思われます。
「では、1階ホールに案内板を出すのは?」
「いえ、それもダメです。どうやら看板の類は一切出せないと言ってきているんですよ。なんかオーナーさん直に別の引き合いが来ているらしくて、そちらは看板とか要らないと言ってるらしいんです」
「でも看板とか案内がなきゃ、どこか分からないですよね」
「ええ、そうなんですが」
僕はその時、少し考え直すいい機会だと思いました。本当にこのまま行ってしまって良いのか、ちょっとだけ引っかかっていたのです。本当にあの物件がベストなのかどうか。増して看板などを一切出せない条件だとすぐには判断できませんでした。
「そうですか。ちょっと考えさせてください」
そう言って電話を切り、今一度あの物件が最適かどうか検証してみようと思いました。高くても良い場所、逆に遠いが安い場所などもあるかも知れません。駅前でもまずいラーメン屋では食べないし、おいしいと評判のラーメン店なら、少しぐらい駅から歩いても行く訳です。

その日の晩 インターネットで横浜近辺の物件を三度洗い直し、候補をピックアップしました。
次の日は土曜日で、不動産屋も休みのところとかがあったのですが、幾つかの連絡が取れ、条件や建物を見たりしました。以前と差ほど変わりなく、また以前いいかなと思っていた物件はもう決まってしまっていました。また土曜、日曜は物件を管理する会社が休みらしく、鍵がないので中を見ることは出来ませんでした。
まず広さが丁度良い物件がなかなかありませんでした。15坪ほどのものが良かったのですが、8坪くらいか、大きくなると30坪以上だったり。西口にこれは良いかもと思ってチェックしていた物件の建物を見に行くと、そのビルの前はピンク映画館、となりはソープランドでした。
土曜、日曜と横浜近辺を調査しました。結局良い場所は高く、しかも駅から3分圏内は西口では皆無と言ってよい状態で、まったくこれと言う物件は見つかりませんでした。そして最後は必ず東口のあの物件のところにやって来るのです。もう多分20回以上は足を運んだでしょう。始めのころはちょっと寂しくて来辛いかなと思っていましたが、慣れたら近いし静かなのが逆に良い気がしました。5階を見上げました。「あそこの窓に英会話の文字があれば、場所は認識できるよな」
思ったより5階は近かったのです。案内板がなくとも、ここまで来れば分かるはずです。
そしてこの前怒られたばかりなのに、また5階に上ってしまいました。ブライダルの会社は日曜なので休みです。廊下の窓を開け、道路側を見ると相変わらずMM21の風景が、少し夕焼け色に染まって見えました。
「やっぱり、ここだ。ここに決めよう」そう思いました。

「ええ、はい、分かりました。では、基本的にオーナーさんの条件で良いと言うことで。それではリオさん(さらに仲介業者)にオーナーさんに伝えるよう連絡してみます」
西口不動産担当の人はそう言って電話を切りました。それから5分ほどでPHSが鳴りました。
「あの、矢田さん。どうも別の方の申し込みが入って、そっちに決まったそうなんです」
「へ?決まった?」
「いや、まだ正式に契約はしていないそうなんですが、ほぼ決まりだと」
「な、何ですか、それ?だって、僕が先に申し込み出して話し合っている最中じゃないですか」
「いえ、そうなんですが」
そんな事は困る、僕はそこで声を荒げました。
「そんなのおかしいでしょ!もう一度オーナーさんの条件でいいから話を進めてくれって言って下さいよ!」
まさかと思っていた事が起きました。
「あ、はいもう一度連絡してみます」
その後しばらくして不動産屋からまた連絡がありました。
「やはり、もう決まったも同然で・・・」
「だって、そんなのおかしいでしょ。僕のが先に申し込み出してて、内容もOKもらってるのに」
「そうなんですが、矢田さんの方では看板などの条件があったじゃないですか。あちらは無条件だそうで」
「だから検討させてくれって言ったでしょ!」
「いえ、ですからあちらさんの条件の方がオーナーさんは良かったと言う事だと思うんですが・・・」
「だったら、何のための申し込みなんですか!そんなんだったら、申込書なんていらないじゃないですか!だいたい最初から申込み者何人か集めて、その中から決めるって話だったら分かりますよ。でもそうじゃなかったでしょう!」
僕はかなり声を荒げていました。考えに考えた末の結論なのです。
「だいたいそんなの同義的に変だよ。中古車買おうとして商談してて、エアコンをつけるかどうか検討してる間に、途中で来た別の客に売っちゃいましたって言うのと同じでしょ?変じゃない?」
「ああ、いえ済みません。そうなんですが、いろいろ行き違いがあったみたいで。途中で私どもリオさんの担当が入っていたりして」
「ああ、そうでしょう。お宅とリオさんの担当者が入って、僕の言うことがオーナーさんに伝わるころにはニュアンスが変わってるかも知れませんよね。でもね、貸し手と借主の行き違いをうまく調整するのが不動産屋の仕事じゃないの?えっ?!」
その後しばらく無言でした。今考えると恐らく向こうは(あんたがモタモタしてるのがいけないんじゃないか!)と心の中で叫んでいたのではと思います。営業マンの辛いところでしょう。

しかし 、それにしても慎重に考えて、考えている間に、こんな結果になりました。人生うまく行かないものです。その後、もう無駄なのは分かっていましたが、どうにも腹の虫が収まらず、いろいろ毒突いてしまいました。オーナーにすれば、新規創業の会社で契約も特別条項つきの借り手より、ちゃんとした会社のゴタゴタ言わない借り手のほうが良いでしょう。しかし、これで全ての計画が元の黙阿弥になりました。現状、他に候補物件はありませんでした。その時の僕のガッカリ具合はご想像にお任せします。
