その14・・・手繰り寄せた糸

皆さん は覚えているでしょうか。かつて資金がない中での方法論として、あるお店の暇な、もしくは営業時間外の時間を使ってそこで営業すると言うやり方を。そう、横浜駅の近辺を徹底的に調査して、サンエコーさんに提案を持ちかけた時の件です。そのときはうまく行かず、本命として考えていたyouと言う喫茶店には話を持っていく気にもなれなかった時のことです。今持っている資金の中で考えてゆくことで、一番先に思い出したことがyouでした。国民金融公庫の結果が出ているわけではないですが、youに足を運んでみました。まだお店に入ったこともないのです。
コーヒーを一杯注文しました。居心地はとても良く、サンエコーと違い、内装もきれいでそのままでもいい感じでした。今時こんな感じの喫茶店は珍しいと思いました。静かで、空間が広くて、まるで、70年代だか80年代初期の僕らが高校の頃たむろしていた喫茶店みたいです。僕はとても気に入りました。その日はそのまま帰りました。

次に 出向いたとき、僕は背広を着て、計画書をかばんに入れて訪れました。名刺「有限会社G-flex代表取締役社長 矢田 剛」も持ちました(パソコン自主制作)。
午後3時ころだったでしょうか、店内には意外とお客さんがいて、見た目50代くらいのマスターは忙しそうでした。鼻の下に髭を生やしていて、とてもそれらしい人です。アルバイトの女の子が一人いて、テーブルについた僕にオーダーを取りに来ました。
「マスター今忙しい?」
オーダーの前に僕は聞きました。ウェイトレスの女の子は、ちょっとマスターの方を振り返って、
「ええ、そうですね。この時間にしては結構お客さんは入ってるんで」
と答えました。
僕はそのままオーダーしたアイスコーヒーをすすりながら機会をうかがっていました。アイスコーヒーを飲み干して、ちょっといらいらしだして、とりあえずマスターに話しかけようと思いました。1時間くらいは待ったと思います。カウンターの横から覗くように、
「あの、すみません。今忙しいですか?ちょっとお時間を頂けたら・・・」
マスターからは4,5メートルあったでしょうか。やっと届くほどのかすれた声です。
「はい、忙しいです」
パフェみたいなものを作っているマスターはこちらを見る事もなく、あっさりと即座に返事がありました。僕が全く何の用なのかの興味すらないみたいです。初めて話し掛けてくる人間には興味がないのでしょうか。
「あ、そうですか」
と答えガッカリ退散。しかし、帰りの会計のときに、一応名刺だけは渡し、簡単な説明をしました。その名刺には「有限会社G-flex代表取締役社長 矢田 剛」とあります。背広も着ています。
「はあ、」
気の抜けた返事と共にマスターはちょっと眺めた後、ポケットに名刺をしまいました。
「あの、失礼ですが、ここのオーナーですか?」
僕の質問に、
「いいえ、オーナーはほとんどここに来ませんが」
とマスターは答えました。ああ、この人はここを任されている店長なのだと思いながら、
「失礼ですが、お名前は?」
そう僕が聞くと、ええと、山村です。と答えました。
「あの、またお邪魔します」
そう言って僕は店を後にしました。以前のサンエコーでの失敗があっただけに慎重でした。

次に youに行ったのはその2日後でした。そのとき、具体的なお願いと、youのメリットになることを書き連ねて行きました。多くはサンエコーと同じですが、なるべく現在の営業形態を変えない、支障をきたさないものになっています。
マスターはまた忙しそうで、僕に気を遣うでもなく淡々と仕事をしていました。まあ、仕方がないと思い、コーヒーを飲み干すと会計のときに持ってきた紙を渡しました。
「あの、こちらにこの前お話したことの具体的な内容が書いてあります。一応見てみてください。」
スターはさらっと目を通してから、思い出したように、
「あ、はあ、わかりました」
と答えました。
「また来ます」
そう言って僕は店を後にしました。
その次に行ったとき、やはりマスターとはあまり話ができませんでした。帰りの会計時に、
「どうでしょう?見て頂けましたか?」
と聞くと、
「うーん、見ましたけど、正直難しいですね」
「ああ、やっぱり難しいですかぁ」
あり得る答えに対してガッカリと、しかし理解を持って答えました。
「大体、日曜日はこのビルの地下が閉まってしまうんですよ」
僕の要望には休みの日曜にお店を貸切にさせて欲しいと書いてあるのです。
「ああ、そうなんですか。それでは仕方がないですね」
僕はさらにガッカリしながらも、とにかく前につないで行くように話しをしました。
「そう言った仕方のないことは、それでしょうがないですから、構いません。無理のない形で対応して頂ければ。別に急いでいるわけではないですから、いろいろ、またご検討願います。それではまたお邪魔しますので」
「あ、いや、まあ・・・」
マスターが何となく遠まわしに断ろうとしているのを感じながら、僕はそそくさと逃げるように退散しました。

次の時 一日20人くらいのお客さんを連れてくる積りなんですけど」
5回目にyouを訪れたとき、6時半くらいですか、お客さんがほとんど居なくなり、マスターと話す機会を持つことが出来ました。僕はいかに僕の計画がyouさんのプラスになるかを訴える積りでした。
「ええ?そんなに来られたら困りますよ」
これは意外な答えでした。
「夜は私ひとりだから、あまり忙しいのは困るんですよね。あまり向上心がないもので」
どうやらマスターは現状以上に忙しくなる事を好まないようでした。
「あ、じゃあ僕が手伝いますよ。どうせこっちは会計くらいしかやる事ないし。もしあれだったら、マスターは先に帰ってもらって僕があとの仕事をやってもいいですし」
僕は即座に何とか現実に持っていくため、そう答えました。
「いや、それもちょっとねえ・・・。」
そう答えてから、マスターは、「ああ、あの日曜に使いたいって件ね。月に一回くらいだったら大丈夫かも知れないよ」と言いました。
「え?本当ですか?」
「あの向かいの店、あそこが日曜に月一回手打ちうどんの講習会みたいなのやってるんだよね。その時だったら大丈夫かもよ。聞いてあげようか」
「あ、是非お願いします。」
これはもしかするとここを使っていいと言う事なのだろうか。
その後、僕が横浜出身で、マスターも横浜出身なので、僕の高校やら大学の話で意外と共通点があったり、僕は音楽を作るのが好きだと話すと、マスターも実はギターを長年やっていて、音楽は好きだったり、その日は他にお客さんは結局来ないで閉店までずっと話をしていました。マスターは唯一の休みの日曜日もパンを買いに行ったりするので、店には来ているとの事でした。わざわざ東戸塚のパン屋の何とかってパンに決めているらしいのです。
「マスター、そんな休みなしで大変じゃないですか?もっと自分の時間を持って好きなことやればいいのに」
僕はそのために僕が役に立ちますよと、暗に含ませる積りで言いました。
マスターは少し上の方を見上げました。
「自分の時間ねぇ、でも、もうここにいる事が自分の時間なんだよね。家にいるよりずっと落ち着く。朝ここに来ることが生活になっちゃってるから。好きな音楽かけて、好きな絵を飾って、自分のためだけにやってるから全然売上が上がらない、しかも若い頃みたいに向上心もないからね」
マスターはちょっと苦笑をして、
「あ、そうだ、ダイヤモンド地下街に僕の知り合いがついこの前喫茶店出したんだよ。ほら、あそこの出口の近く」
「ああ、ほんとできたばっかりですよね。」
僕はその店を一応チェックしていました。
「あそこはどう?なんか夕方6時以降全然客が入らないって言ってたよ」
「え、でもあそこは最近の流行の回転速いタイプの喫茶店ですよね。んん、どうかなあ・・・」
そんな事を話していると閉店時間の8時になりました。明日の準備や片付けの邪魔をしても何なんで、僕は帰ることにしました。

帰りしな、さっき話のあった新しく出来た喫茶店を覗いてみました。すると今まで見ていたのですが、気づかなかった奥の方があって、思ったよりよさそうなのです。そして僕はそこで夕食をとる事にしました。
さすが新しいので、小奇麗な店内と、丁度二つに店が分かれていて、その奥の方を使わせてもらえたらかなり良い感じでした。コーヒーも210円。さらにその喫茶店はジオスの通り道なのです。ジオスの生徒が寄っていく可能性大。僕は中でスパゲッティーを食べながら辺りを観察して「これはいいかも」と思い、出てから急いでyouに戻りました。
マスターはまだ洗い物などをしていて、僕が話をして欲しいとお願いすると、分かったよ。今日はちょっと無理だから明日しとくよ、と言いました。
